恋華宮廷記〜堅物皇子は幼妻を寵愛する〜
「いやっ、放して! 緑礼、緑礼っ」
胡服の男が駆けだす。必死で助けを呼ぶ鳴鈴を嘲笑うかのように、賊たちが護衛たちとの戦闘をやめ、駆け寄ってくる。
「一歩でも動いてみろ。お姫様を殺してやる」
鳴鈴に切っ先を突き付けられれば、護衛たちは追うこともできない。
このままどこかに連れ去られてしまうのか。想像しただけで身震いがした。
(お願い、誰か──誰か助けて!)
鳴鈴が強く祈ったとき。
放置された馬車の背後にある竹藪から、馬の嘶きと共にひとつの影が飛び出した。長い足で馬車の上を舞う。
「なんだ!?」
賊たちが叫んで一歩退く。その前に、一頭の馬が軽やかに降り立った。
雲が晴れて明るさを増した月光に照らされたその者の姿に、その場にいる者全員が息を飲む。
「娘を放せ、賊ども」
低いが、若々しくハリのある声。暗闇で顔はハッキリしないが、折り返し襟の胡服に裾の長い外衣を着て、立派な白馬に跨っている。黒い髪が風になびいていた。
「なにを……相手はたったひとりだ。やっちまえ!」
鳴鈴を担ぐ男が叫んだ。賊たちがいっせいに剣を構え、白馬からひらりと降りた男に向かっていく。