ヴァンパイア・シュヴァルツの初恋
今は彼に従うしかない。
力を入れられて、暖炉とは反対側の、部屋を出る扉へと方向転換させられる。
しかし私はその力にほんの少し反抗して、腕の中で、彼を見上げた。
「待ってください。あの、どうしても、ひとつだけ聞いておきたいんですが……」
「何だ」
「あなたのお名前は……?」
弱々しい声でそう聞くと、彼はわずかに沈黙した。
私にとっては大切なことだ。
何も分からないこの状況で、私はこの人の言うことを信じて従おうとしている。
助けを求めるとき、彼のことをなんと呼べばいいのかも分からない。
私たちを結びつけるほんの小さなものが、今は欲しかったのだ。
しばらくして彼は頷いた。
「シュヴァルツだ。お前も名を明かせ」
“シュヴァルツさん”
私は彼の名前を頭の中で響かせた。
「私はアカリです。白雪朱莉。あの、なんて呼べばいいですか…?」
「なんでもいい。行くぞ、アカリ」
話を遮って再び抱き寄せられ、耳元で“アカリ”と囁かれると、状況なんて関係なく胸がドキドキと鳴った。
しかも先ほどまでキスをしていた相手だ。
こんな意味の分からない場所で、この人も正体不明のヴァンパイアなのに。
目の前のドアノブを彼の白手袋の手が押し開け、肩を支えられながら、部屋の外へ出た。