ヴァンパイア・シュヴァルツの初恋
空から見ると、街の区画はベルベットの軍服の真っ赤な色で覆われており、大きな生物の血管のように蠢いている。
「今日は議事堂というところへ行くんですよね?」
「はい。人間界への旅行者のリストを中央高官のアルバ様という方が管理していますので、受け取りに行くのです」
「その人は信用できる人なんですか?」
その質問にノア君は首を傾げ、代わりにシュヴァルツさんが答えた。
「信用は必要ない。金で動く男だ。こういうときは役に立つ」
……それは、あまりいい人ではなさそう。
昨夜も目にしたが、彼の懐からは湯水のように金貨が出てくる。
お金持ち、ということなのかもしれないが、どちらかと言えば、お金に執着がない、という印象を持った。
そのアルバさんという人にも相当の額を支払うのだろうか。
シュヴァルツさんは私を助けるために多くのものを支払っているのに、彼が得るものは何もない。
「シュヴァルツさん。私にもできることがあったら言って下さい。何でもします」
彼の腕の中でそう伝えたが、彼は前を向いたまま「ああ」と短く返事をするだけで、何も頼む気はないことがひしひしと伝わってきた。
私にできることなど何もないのだろう。
彼は何の説明もなしに強引にことを進めるのに、私にはランプの灯りを消すことさえ頼もうとしないから、ここへ来てから彼のお荷物になっているだけだった。
抱えられているだけ、本当に、文字通りのお荷物だ。
居場所がないことなんて慣れていると思っていたのに、彼に見捨てられると思うと怖くなって、目の前にあるシュヴァルツさんの胸に顔を埋めた。
「どうした」
なんでもないです、と額をつけたまま首を横に振ると、彼が私の髪に指を通したのが分かった。