誘惑前夜~極あま弁護士の溺愛ルームシェア~

 知りたくなかった。

 だって、自分の人生に、母親はいなかったから。自分には関係ない、そういうものだと言いきかせて、悩みから逃れるしか、十代の小春は自分を保つ方法を知らなかったのだ。

「なんで、そんなことっ……?」

 自分でもなにを言っているのかよくわからない。

 ただショックで、唇がわななく。
 繋がれていないもう一方の手で、涙をぬぐっていると、突然、なかもとの戸がガラリと勢いよく開いた。

「その手を、離せ……!」

 それは小春にとって一番特別な声の人で――。

 ハッとして顔をあげると、店の入り口に、スーツの上にコートを羽織った閑が立っていた。

「……え?」

 なぜ閑がここにいるのだろう。彼は関西にいるはずだ。今日帰るとも聞いていない。

 自分が見ているものが信じられず、呆然としていると、

「――なんだてめぇ。いきなり入ってきやがって」

 虎太郎が低い声で、うなるようにして閑を見据える。
 そして小春を守るようにして、もう一方の手で小春の肩を抱き、胸の中に引き寄せた。

「あっ……」

 小春はよろめき、そのまま長身の虎太郎の腕の中にすっぽりと包み込まれた。

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