誘惑前夜~極あま弁護士の溺愛ルームシェア~

 小春は慌てて後を追おうと立ち上がったが、中本はそのまま店を出て行ってしまった。

 きっと中本は、閑の早朝の来訪に、なにかを感じ取ったのだろう。この下町で、たくさんの人たちが行きかう食堂を経営しているだけのことはある。

「……もう」

 気遣いに感謝しつつ、小春はすとんと椅子に座りなおし、いつもより時間をかけて、朝食を平らげた。



「お茶、どうぞ」
「ありがとう」

 食事を終えて、お茶を淹れ、今度はカウンターへと移動する。
 小春の右隣に座った閑はゆっくりとお茶を飲んだ後、それからじっと小春を見詰めた。

「――じゃあ改めて、昨日のことだけど。まず目が覚めて、小春ちゃんいないから、めちゃくちゃビックリしたんだけど」
「やっぱり……覚えてたんですね」

 小春はうつむいて、唇をかみしめる。
 都合よく、酔って忘れていたとにならないかと、ひそかに願っていたのだが、どうやらそうはならないらしい。

「当たり前だろ。ビールくらいで記憶を失くしたりしない」

 閑が少し憤慨したように答える。
 だがすぐに、表情を引き締めて、首を振った。

「大事なのはそこじゃない」

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