明治蜜恋ロマン~御曹司は初心な新妻を溺愛する~
こんな状況でも初子さんをいたわり、私のことまで気にかけてくれる。

あのとき感じた優しさは、本物だった。

行基さんの発言に、津田さまは険しい表情を隠そうとしない。


「お前はなにもわかっていない。お前ひとりの問題ではない。津田紡績の何千人もの従業員が所詮下衆な人間の集まりだと辱めを受けるんだ。お前もそれがわかっていたから、初子さんとの縁談を承知したのだろう?」


地位や名誉というものは、そんなに重要なものだとは。

そういえば、懐中時計をもらったとき、行基さんは『バカにされただけ』なんて言っていたが、そういうことだったんだ。

しかし、そのために初子さんが逝ってしまったと思うと、悲しみをこらえきれない。


「その通りです。しかし、人の命を軽んじてはいけません。従業員は必ず私が守ります。ですから——」
「お受けします!」


行基さんの言葉を遮りとっさにそう叫んでいた。
すると、彼は目を丸くして私を凝視している。
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