雪の果てに、催花雨は告ぐ。
保健室で倖希と過ごすこと5日目。
午前の勉強を終え、楽しみにしていた昼休みの時間。
コンビニで買った菓子パンを頬張っていれば、購買に行っていた倖希が戻ってきた。
「おかえり」
「うん」
初めのうちは気恥ずかしかった挨拶も、もう大分慣れた。
つい一昨日までは、勉強をしたらお昼を食べて帰っていたけれど、昨日からは午後の時間も勉強するだけでなく、お互いのことも話すようになっていた。
焼きそばパンを片手に、化学の計算式をスラスラと書いている倖希は、相変わらず何を考えているのか分からないけれど。
先生に頼まれたからとはいえ、こうして私と一緒に居てくれているのだ。根は優しい人なのだと思う。
ふと、倖希はペンを動かしている手を止めると、席を立って私の元へと歩み寄ってきた。
ピクリとも動いていない眉毛。
ダークブラウンの瞳を縁取るように広がる長いまつ毛。
今日も人形のように整っている、中性的で綺麗な顔。
毒のある果実のようだ、と思わざるを得ない容姿。
ゆっくりと近づいてくる倖希を前に、イケメンに対する免疫がない私の身体は、凍り付いたように動かなくて。
その距離が縮まるほどに、胸の鼓動は速さを増していく。
こんなに近くで何をするんだろう―――と、そう思った時。
反射的に目をつぶった私の前で、おどけたような笑い声が、花開くように降ってくる。
もしかしなくても、笑っているのは……倖希?
見てはいけないものをチラ見するように、閉じていた瞼を開ければ。
倖希は堪えきれなかったと言わんばかりの笑みをこぼしていた。
「…変なの。ただ、近づいただけなのに」
緩々と上がる口角。
弧を描いていく唇に、目が釘付けになる。
「ち、近づいただけって…」
「そうだろ。俺は近づいただけで、何もしてない。何か期待させていたなら、申し訳ないけど」
(期待って…)
全くしていなかったと言ったら、嘘になるけれど。
私はただ、何かされるのかな、と思っただけだ。
人はそれを期待と呼ぶのだろうけれど、その名を呼んだら、知らない感情が生まれてしまいそうだ。
「…そうやって、人の言葉に一喜一憂しているアンタを見ていると、」
私のことを面白そうに見ていた倖希の瞳が、優しく細められる。
思わず息を飲めば、今度は手が伸ばされた。
けれど、それは私に触れることなく、戻されて。
「普通の女の子だと思うよ」
「っ…!」
「…じゃあ、また。今日の五限はテストだから」
そう言うと、倖希は気怠げに鞄を肩に掛け、贈られた言葉に動揺している私を置いて、保健室を出て行った。