独占欲強めの王太子殿下に、手懐けられました わたし、偽花嫁だったはずですが!
 だけど、彼に振り回されて、キスされて。指を絡めて手を繋いで、一緒に街を歩いて。なにより彼の優しさと気遣いと——自分が悪かったと思えば頭を下げることもできる強さを知って。少しずつ彼を知っていけば、簡単に気持ちが揺らいでしまった。

「……ごめんなさい」

 言われてみれば、たしかにアーベルと一緒にいるという約束を守れていないということは否定できない。アーベルがそれに苛立ったとしても当然なのだ。

 詫びる言葉は、涙となって零れ落ちた。こんなに苦しいのなら、最初からこんな役なんて引き受けなければよかった。

 こんな風に、彼の前で涙を見せるのは二回目だ。これ以上弱いところを見せたくなくて、顔をそむける。
 手を上げて、涙をぬぐおうとしたら、アーベルに買ってもらった腕輪が頬に触れた。

(……そうね、約束は約束。仕事は、仕事だもの)

 最近、ヘンリッカは部屋にこもりきりで、フィリーネの支度を手伝ってくれる時しか出てこない。戻ってきてから、ヘンリッカと一緒に手紙を書こう。ヘンリッカも実家の両親に手紙を書きたいだろうし。
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