王子様と野獣


俺が黙って書類を見ていると、ぽつりと瀬川がつぶやいた。


「……さっき、悪かったよ。ちょっとカッとなって」

「うん? ああ、いや……」

「なぁ、お前、本当に仲道さんを振ったの? だったら俺、本気出して口説くけどいい?」


静かながら挑むようなまなざしに、息をのむ。瀬川は本気でモモちゃんが好きなんだろう。
だったら俺が口を出せる話じゃない。


「瀬川がやることに俺がだめだしなんてできるわけないだろ」

「その割には邪魔するじゃないか。俺が苛ついてるのはさ、お前がふらふらしてっからだよ」

「……ごめん」


でも、今も宣言ができなかった。
俺もモモちゃんが好きだから手を出すな?
そんなこと言える資格がどこにある。どう考えたって、男として考えれば瀬川のほうがまともだ。

まともな返事をしない俺に呆れたように、瀬川はパソコンの電源をおとし、立ち上がる。


「……俺、帰るわ。お先」

「ああ、お疲れ様」

「田中さんもお疲れ様」


島の反対側で、自分の仕事に向かっていた田中さんも、顔を上げて頭を下げる。
瀬川が出ていったあとで彼女にも問いかけた。


「田中さんも帰らないの?」

「帰りますよ。主任こそ」

「俺は一通りチェックだけしてから帰るよ」

「そうですか」


立ち上がって、鞄を整理し始めた彼女を尻目に、自分のデスクへと向かう。

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