王子様と野獣
「上がって。どうぞ。……イチくん、いらっしゃったわよ」

リビングに入ると、父がソファにデンと座ったまま新聞を読んでいる。
普段、ほとんど新聞など読まないくせに。

「……やあ」

「お久しぶりです。馬場浅黄です」

にこやかに挨拶をするあさぎくんのほうが大人だよ!
どうなの、うちの父!

「いい加減にしろよ。親父」

ソファの後ろから父を足蹴にするのが千利。いたのか大学生。まあ日曜だから休みなんだろうけど。

「やあ、千利くん」

「こんにちは。この間はすいませんでした」

「気にしてないよ」

「万里はいないの?」

「万里は遊びに行った」

「そう」

高校一年の万里はあさぎくんの妹とも同じ学年だから、話すきっかけになるかと思ったのに。

「これ、お土産です」

あさぎくんが母に渡したのは、葛谷堂(かつらやどう)のかりんとう饅頭。
お饅頭を揚げたもので、素朴な味わいがする。知る人ぞ知るお父さんの好物だ。見た目の華やかさがないから、いただきものとしてもらうことは少ないし、知っている人も少ないだろうに。あさぎくんのお父さんの入れ知恵かな。

「……これが秘策?」

「まあね。父さんは俺に全面協力するつもりだって。モモのこと、気に入ってるみたい」

こそこそと話していると、かりんとう饅頭につられた父がついに新聞を離した。
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