人魚のいた朝に
昼間青一(ひるま あおい)

青一と書いて“あおい”と読む。
三男なのに、“一”と付く。
苗字も名前も少し変わっているから、前の学校ではそれを揶揄われたこともあった。
新しい学校でも、揶揄われるのだろうか。

また憂鬱な気分になりながら、知らない道を進んでいくと、潮の香りが鼻先に触れた。

「わああ」

海だ。少し広めの路地の先に見えた光景に単純な声が出た。
引っ越して来た日に車の中から見た時は、殺風景なつまらない海だと思ったのに、何故か今日は違って見えた。
キラキラと太陽の光が降り注ぐその海は、初めて見る「青色」だった。

昨日も一昨日も、祖母と一緒に海へ行ったらしい兄たちが、「すごかった」と騒いでいた。
そんなにすごいものかと不貞腐れながら聞いていたけれど、本当にすごかった。
言葉では説明出来ないくらいに綺麗な海を前に、進む足が無意識に速くなる。
走り出そうか。
そう思ったとき、初めて聞く声が耳に飛び込んできた。

「あんたが、東京から引っ越して来た人?」

聞き慣れないイントネーションで紡がれた言葉に、思わず歩を止めて振り返る。

「昼間の爺さんの孫が東京から来るって、みんなが噂しとったよ」

「・・・あ、えっと」

「うち、魚住初空(そら)。あんたは?」

こんなにも海の近くに住んでいるのに、真っ白な肌をした彼女は、頭に被った麦わら帽子を少し上げて、僕の顔をジッと見た。
ほんのり色づく唇と、よく見ると薄っすらと日に焼けている赤い頬、丸くて大きな目。
可愛い子だと思った。だから妙に緊張した。

「昼間、青一」

「あおい?」

「うん」

背中に変な汗をかきながら頷いた僕に、彼女はゆるゆると笑みを零した。

「あんた、かっこええねー」

「え?」

「イケメンだ」

楽しそうに僕を見る彼女に、恥ずかしくなった僕は慌てて俯いた。

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