人魚のいた朝に

それが僕と彼女の、魚住初空(うおずみ そら)との出会いだった。

初空は、とても活発な女の子だった。
町一番の美少女だと言われる反面、一番のおてんばだとも言われていた。
憂鬱に過ごすはずだった夏休みも、初空が毎朝僕を呼びに来て、近くに住む友達を紹介してくれた。
そのおかげで学校が始まる頃には、同級生の半分近くと顔見知りになっていた。
馴染めないどころか、馴染み過ぎて自分自身が戸惑うほどだった。

父親は漁師、母親は小料理屋を営む初空の家族は、彼女に負けず劣らず明るくて、僕の家族ともすぐに打ち解けて、引っ越して来てからすぐに、家族ぐるみの付き合いをするようになっていた。
初空の兄が僕の二番目の兄と同じ学年だったのも大きい。

夏には水晶浜に海水浴に行ったり、初空の家の庭でBBQをした。
春には桜を見に出掛け、秋には刈込池まで紅葉を見に出掛けた。
それから冬休みに入ると、岐阜まで足を延ばしてスキー旅行に出掛けるのが定番になりつつあった。

だけど中学二年の冬休み、それまでと同じように魚住家と一緒に出掛けたスキー旅行で、僕らの運命は変わることになる。
悲劇と言うにはあまりにも突然で残酷な事故だった。

もともと運動神経の良い初空は、走ることも泳ぐことも得意で、夏になると町の人たちから「人魚さん」なんて呼ばれていた。もちろんスキーだって僕よりも上手く、その旅行の時も、怖がることなく僕らの前を軽快に滑っていた。
なんとか初空について行かないと。
必死になって追いかけるのに、不器用な僕はいつまでたっても追いつけないのは毎年の光景だ。

初空、ちょっと待ってよ!

だからその時も、そう声を掛けようとした。でも実際それが言葉になっていたのかはあまり覚えていない。ただ僕の横をもの凄い勢いで通り過ぎる影を見たのを覚えている。
知らない人だった。だけど僕らよりも大きな影だった。
だから大人の男の人だと思った。
思った時には、大きな影が、前を滑っていた初空に重なっていた。

「そらっ!!!!!」

叫んだのはおじさんだった。
慌てて娘に駆け寄るおじさんと、誰かの悲鳴。
おばさんだったかもしれない。僕の母親だったかもしれない。
たくさんの声が僕の耳に流れ込んできて、真っ白な世界に響いていく。だけど僕は動けなかった。ただ目の前で、雪が赤く染まるのを見た。
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