運転手はボクだ

「話って言っても、何をって訳じゃあないんだ…」

昨夜行った丘に向かって歩いていた。
昼間だと、また見え方も違った。
空気も美味しい…青々とした緑が眩しかった。

「何を話していても、中途半端になってしまって、結局、こうなんだ、っていうところまでは話せてないような。何て言うか、慌しいような…」

「そうですね、解ります。呼び掛けられたら、千歳君優先になりますから」

…。

「なるべく直ぐ聞いてやりたいと思うんだ」

「…はい。その方がいいと思います、正解です」

「…その、昨夜の、千歳のした事なんだけど」

「あ、その事ならもう…」

「何て言うか、してみたかったんだと思う。母親が居れば、意識の、自覚というか、生まれた時から触れてるものだろ?」

確かに。直ぐ母乳を飲む。母親を求める。生きるための本能だ。

「そんな母親との、柔らかい体験というか、千歳には無かった訳で。保育所の友達にはそんな母親が居て…。だから、親しくなったえみちゃんを、母親みたいに…触れたかったんだと思うんだ。…だから許してやって欲しい…でも、だからって、いいわけではない、びっくりさせてごめんね」

「大丈夫です。本当に。上手く言えないんですが、私も、いい経験をさせてもらった気がするんです。子供って、こんなに愛しいものなんだって。…何をしても一生懸命じゃないですか」

…。

「千歳は…俺がつけた名前なんだ。妹達だって、男の子なら、女の子ならって、決めていた名前があったかも知れなかったけど。何も解らなかったから。千歳は、二人の希望の名前ってことではないんだ。
もしかしたら、不服があるのかも知れないけど。
二人の分も元気で居て欲しいと思って、千歳にしたんだ。"せんさい"なら、三人分でも長生きだろ?」
< 45 / 103 >

この作品をシェア

pagetop