運転手はボクだ
立ち並んだ夜店が目に入った。

「あ、かき氷…。買って帰れるといいのに。千歳君、いちごが好きだから、きっと喜ぶのに。ね、鮫島さん…」

…鮫島さん?…こんな、キスをされてしまったような状況をこれ以上聞かれまいと、誤魔化した話をしても。…駄目ですよね。

「……キスって…知らなかったな………」

お礼に行った事も言ってないですから、こんな事…敢えて言えませんよ。私が初対面の人に対して、隙があった訳ですから。…初めての家に上げられて、よく知らない男性と二人なのに…危機感無さ過ぎというやつですから。

「あの…掠ったくらいでしたけど。私がちょっと、不注意だったんです。一人だって言われてたのに。今となっては…あの社長に遠慮なく理屈っぽい事を言ったから。だから…からかわれた…試されたという事ですね。気持ちは……事故は事故でした」

俺のものにならないかなんて。

「事故、ね。状況はよく解らないけど、あの社長なら理屈でしそうだ。はぁ…だけど俺は社長より、誰よりも千歳に妬いているのかも知れないなぁ。…はぁ」

「鮫島さん…」

…妬く?…勝手にドキドキして来た。

「子供なのに…。ストレートに振る舞うアイツが羨ましいと、思ってるんだな…。恵未ちゃんはそれに全部応えてくれるから」

鮫島さん…。だって…それ…千歳君は小さい子供じゃないですか。だから私は。…あの、それ。

「さっきすれ違った男が恵未ちゃんを見てた…」

「…え?」

「一人だけじゃない。…こんな恵未ちゃん…。俺だって初めてなのに。…誰にも見せたくないって…思った」

「え?」

「浴衣…後ろの首筋とか、無防備に色っぽいから…。て、俺は…はぁ、中学生か…ごめん。千歳より恋愛偏差値は低いかも知れないなぁ。…俺は、暫く恋愛をして来なかったから…そうじゃなくても、表現も何もかも下手くそだし。はぁ。
…昔からだけど、言いたい事もちゃんと言えなかったような奴だ…。それに、千歳の気持ちも考えたら。あーも゙う…」

プシュ-と、音がしたかと思った…。やるせない、苛立ちのようなモノ、ですか?……。

「……あの、鮫島さんは、本当に自分の事が解ってないのですね?
男の人の着物姿って、とってもいいものなんですよ?私の…色っぽいなんて、気を遣って頂きましたが、そんな、私なんて、比じゃないです。すれ違う年頃の女性は振り向いてまで鮫島さんの事を見て、…目で追ってましたよ。……鮫島さんは……素敵です、とても。漏れちゃってます色気が。若者より、ちょっと上…ってところがまたいいんです…」

あー、私は…何をずれた事を熱く語っているのやら。これでは、初対面の社長の着物姿に見蕩れた時と同じじゃないの…。男性として自信をもってくださいって、ストレートに言った方が良かった気がする。
言ってしまえば、二人の着物姿は甲乙つけ難いって事なんだけど。んー。

「…恵未ちゃんはどうなの?…社長の事は…」

この場合、男の人としてってことだろうけど。

「問われてる答えと違う、逃げの答えだなんて言わないでくださいね…。
社長は、とても魅力的で、可愛らしい人だと思ってます。接していると、どんどん魅力が湧いてくる感じです。持って生まれた人徳なんでしょうか。放っておけないと言うか、何をしても…憎めない人ですね…」

出来れば、ずっとお世話をさせて頂きたい、そう思わされる人だ…。

「…何をしても、か」

「…え?あ、それは。度が過ぎてるとは思います。
でも、私も…いつの間にか、遠慮なく接するからでしょうね。社長なのに言葉遣いにしても、私、容赦ないですから」

全ては最初の出会い…。それで決まってしまったのかも知れない。フランクになり過ぎたのかも…。今となっては使ってもらってる立場なのに。

「…フフ」

「…器がデカすぎるから、何を考えてるのか解らなくなるよ…振り切れると」

好きなんだろうに。…そう見せないようにふざけて。でも解るようにアピールはする。してるよな?
…こんな風に気を回すのだって。考えて…何より、人の事、恵未ちゃんの事を優先しようとする…。その結果だ。

「恵未ちゃん、帰ろう」

「え?もう?え?もう帰るんですか?まだ花火…。来たばっかりですよ?」

「ああ、まだ間に合うから出直そう」

間に合うって何に?出直す?何故?何のために?折角来てるのに…やっぱり千歳君が気になるから…。私とは居てもつまらないから?話もいき詰まっちゃう?…気不味くて。そうなんですね、…解りました。

「…はい」

社長…きっと、千歳と花火なんかしてても、気もそぞろ。それどころではないだろう。
元々、恵未ちゃんとは社長が来るはずだったんだから。…無理して俺に譲ったりして。
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