運転手はボクだ
「…いや、間違ってはないだろ。さっきだって、千歳は知ってるって…ある意味割り切って言ってるのに、鮫島の方が違うって否定していた」

…。

「折角二人きりになったのに何も言われなかったのか?はっきり言葉で」

「…自惚れでなければ、感情の起伏は多少、見せてくれたと、私は思いました…」

…。

「少し乾きました、濡らし直して来ます…」

ガーゼのハンカチを手から解いた。
濡らし直して戻った。

「…ジンジンとした痛みはないですか?」

緩く絞ったハンカチをまた手に結わえた。

「ああ、全くないよ、有り難う」

「…貴史さんは、…解りません。解ってるから、解りません」

「難解な文章だな」

「難解で…」「単純だ」

「…はい」

「何も変わりはしない。私は初めから、私のものにならないかと言っている。ずっとそのままだ。多少捻くれた事をしても変わりはしない。まあ、そうして楽しんでいるんだが。困らせてはいるが凄く楽しいんだ。
君の事が好きだ。ずっと傍に居て欲しい。それは解ってくれているよな?」

…。

「何も…意識しない日々がとても楽しいんです。それは、一緒に居るみんなが…」

「好意的だから」

「はい」

「うん。千歳だって、それなりに現実を知る事はあっていいと思うんだ。子供だからって、周りで気を利かせて…、何でも希望通りになることばかりではないと、感じる事もあっていいと思うんだ。
そりゃあ、あんなにえみちゃんえみちゃんって言ってたら、鮫島でなく私が奪っても、寂しい気持ちになるだろう。だけど、それも経験だ。子供の内なら、今と変わらず接しても何も問題は無いだろ?
今の年齢なら、それ程、記憶に残るショックって事にもなるまい。ちょっと淡くて…苦い切ない思い出だ。それを思い出して感じるのはある程度大人になってからの事だ。
だから、一緒に暮らしてるんだ。そうするように勧めたんだ」

「え?」

「いつか解らなくても、そういう時が来ても、喪失感は残るが、いきなりにならなくて済むだろ?
目の前で仲良くしてるのを見て、感じて、徐々に慣れていれば、寂しくないんじゃないかな、と思ってだな。だから、うちに来ないかと言った」

「旦那様…」

そんな、先の事を見越して?

「…夜だって、千歳ばっかりじゃないぞ?恵未と一緒に寝たい奴は正真正銘、他にも居るんだ…」

「旦那様!…」

直ぐ、そんな事言う…。また恵未って呼び捨てた…。

「そうだろ。…風呂だって一緒に入りたい…。あんな事やこんな事…したいんだ。大人だからしたいんだ。そこは千歳とは違う。純粋さは同じだけどな。
鮫島が、毎日チャンスがあるのに…いつまでもじれったいから、だから妬かせるような事もするんだ」

「もう…そんな事…」

社長はどうしたいの…?

「…フ。張り合うようにしてるのも、冗談みたいにとってるかも知れないが、その中に本気も見えてるはずだ。
子供だ子供だと思っていても、直ぐ大きくなるもんだ。あっという間だ。
千歳の思いだって、もしかしたら子供の思いで終わらないかも知れない。…そのまま気持ちが持続したら、年の差なんて…て、本気で言い出すかも知れない。無いとは言い切れないだろ?」
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