オオカミ御曹司、渇愛至上主義につき
松浦さんが足を止めたのは、イルカが泳いでいる巨大水槽の前だった。
さっき工藤さんと話題にあげていただけに、タイミングのよさになんとなく気味の悪さを感じながら、松浦さんから数歩分距離をとって立ち止まる。
青く薄暗い館内、水槽のなかだけが淡い白い光を放っていた。
振り返ると、通路は水槽の前だけがぼんやりと明るくなっている。まるで、暗い部屋でテレビだけがついているような、そんな感じだった。
もちろん、館内はもう少し明るいし危険がないよう通路の両端には雰囲気を壊さない程度の照明も埋められているけれど……子どもだったらわくわくせざるを得ないような暗さであることはたしかだった。
そんな、外の雰囲気なんて知らん顔で水槽のなかを我が物顔で泳ぎ回るイルカに心を奪われる。ぐんぐんとスピードに乗って泳ぐ姿は見ているだけで爽快で、うるさいジェットコースターなんかよりも気持ちよく思えた。
そういえば水族館に来るのは久しぶりだな……とイルカを眺めながら考えていると、松浦さんが話しかけてくる。
「イルカって人の言葉がわかるっていうけど、あれって本当だと思う?」
さっきの会話をなぞるような言葉に、また少し気味悪さを覚えながら「さぁ」と答える。ついてはきたものの、正直、真面目に話す気なんてさらさらなかった。
「イルカ好き? 俺はクラゲのほうが好きかな」
「そんなことより本題はなんですか」とそっけなく言うと、松浦さんはやれやれとでも聞こえてきそうな笑みを浮かべた。
「友里ちゃん、俺に相当興味ないよね。趣味が変わってるとかよく言われない?」
「名前で呼ぶのやめてください」
水槽のなかでは四頭のイルカが気持ちよさそうに泳いでいる。それを眺めながら冷たい声で言うと、松浦さんが私を見たのが視界の隅でわかった。
「じゃあ単刀直入に言わせてもらうと」
そこで一度区切られる。仕方なく視線をやれば、松浦さんはそれを待っていたように微笑み、続きを口にした。
「俺、友里ちゃんのこと気に入ったんだよね」