オオカミ御曹司、渇愛至上主義につき
内心〝は?〟と思い瞬きを繰り返す。
松浦さんは、私の反応を楽しむようにただ目を細めていた。
〝私、恋人いないですけど〟と出かかった言葉を寸でのところで呑み込む。
瞬間的に浮かんだのは社内で流れる噂で〝恋人がいる女性ばかりをターゲットにする〟という部分だったけれど、ただの噂を信じるのかと問われたのはついさっきのこと。
〝やっぱり信じてるんだ、そんな噂〟なんてまた馬鹿にされるのは嫌だし、違う言葉を探した。
「ありがとうございます。でも、他を当たってください」
巨大水槽の前には、親子連れやカップルがぽつぽつと立っている。
みんな一様に楽しそうな表情を浮かべるなか、こんな真顔なのは私だけかもしれない。もしもイルカからもこちらが見え、しかも人間と同じような感覚があるとしたら、とても失礼な客に映っていると思う。
「私のなにを見てそんなこと言いだしたのかわかりませんけど、私は松浦さんが好むようなタイプじゃありません」
なんとなく嫌な予感がしてそう付け足した。
あの噂が事実なら、松浦さんは私に誰か決まった相手がいると勘付いたからこうして近づいてきたということになる。
そして、もしも社内で私を観察してそういう結論を出したのなら……私が片想いしている相手が誰だかバレている可能性もある。
だから、それは勘違いだと遠回しに伝えたあと、視線を水槽に戻した。
「遊び相手がほしいなら、飲み会でもなんでも行って見つけたほうがいいですよ」
失礼な発言をしている自覚はあった。
告白をされたのにこんな返事の仕方はあまりに誠意にかける。いくら愛想のない私でも、普段なら真剣な告白に対してはもう少し思いやりを持って答える。
相手を傷つけてしまっているのがわかるから。
でも、松浦さんはそのかぎりではない。
だって、『気に入ったんだよね』という言葉に、真剣さはまったく含まれていなかった。
誰の耳から聞いても本気じゃなかった。