オオカミ御曹司、渇愛至上主義につき


畳みの個室が十室ほどと、あとはカウンター席だけの店内は七割方の席が埋まっていて、他の部屋からの会話が聞こえてくる。

いつもこの店にくるときは少人数でカウンターだから気にならなかったけれど、あまり落ち着いて話せる雰囲気の店ではなかった。

「智夏ちゃんって受付嬢なんでしょ? 色んな営業に名刺渡されたりしてるの?」
「ないですよ。私なんて全然ですし。でも、結構仕事いっぱいあって忙しいし、今転職考えてるんです」

北岡と〝智夏ちゃん〟の会話を聞きながら、ネクタイを緩める。

並び的には、北岡、〝智夏ちゃん〟、俺で、向かいの席には、加賀谷さんと、その両脇に女の子。

入社年数的には先輩にあたる加賀谷さんにおいしい席を、という配慮は見せかけだけで、本心としてはいつでも抜けられる、通路側の端がよかっただけだった。

……それにしても。
まさか本当に加賀谷さんがいるとは思っていなかった。……いや、〝第二品管の加賀谷さん〟と聞いた時点で、そうだとは思っていたけれど……どうしても、本人をこの目で見るまでは、納得ができなかった。

だって、あの友里ちゃんが想いを寄せる相手が、まさかこんな安い飲み会に参加するとは思えない。

勝手な想像でしかないけれど、友里ちゃんが惚れ込むくらいなんだから、こんな合コンみたいなものには参加しないだろうし、そもそもアルコール自体飲みそうもない。

ギャンブルもしなければ、煙草も吸わない。風呂敷いっぱいの荷物を背負った、絵にかいたように腰の曲がった老人を見かけたら、少しの迷いもなく荷物を持ち、その上、笑顔を浮かべ手を引いてあげるような優しく実直な男。

……でも。


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