不本意ですが、異世界で救世主はじめました。
 エルマはジリアンに恩があると言った。

 魔法具は、ジリアンのために使いたいだろう。いまこの場で、まゆこを庇って使用するのを見過ごすことはできなかった。

 しかもカーライルはフォンダン家の直系だ。

 魔法具は、込められた魔法よりも強力な力が働くと砕けてしまう。もしかしたらエルマの身が危なくなるかもしれない。

 まゆこはカーライルの動きを瞬きもせず見ている。顕微鏡を覗いていた目で、ゆっくり上がってくる彼女の手を凝視していた。

 ジリアンは動作一つでも魔法は発動できると言った。大きな力は無理でも、攻撃魔法の一つくらいなら可能だと。

 赤くネイルされた爪を誇示するように、カーライルの人差し指が動く。

 ネイルの文様が目に入った。小さく描かれた魔法陣のように見える。親指を使って弾くつもりだ。その先にはエルマがいる。

 カーライルの朱い唇が割れる。笑った。

「生意気な侍女は嫌いよ」

「エルマっ」

 まゆこは一歩出て、斜め前にいたエルマを避けるために右腕を出した。

 エルマは彼女よりも大きい。力を入れたにも関わらずびくともしなかったが、驚いたエルマは、顔を反らしてまゆこに視線を流した。魔法具の発動が遅れる。

 まゆこは右腕と一緒に左手も前に出していた――というより、びくともしないエルマを支えにして、身体ごと跳んで前に出たのだ。
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