不本意ですが、異世界で救世主はじめました。
 テオハルトが笑う。それは、どこかそぐわない幼さと大人の顔が入り混じったような歪んだ笑顔だった。明るい物言いがまた、奇妙さを増幅する。

 誰か来ないかとまゆこは周囲を見回す。そういえば護衛兵はどうしたのだろう。

「この辺りはカーライル様が結界を張っています。護衛兵は弾かれて入れなかったんですよ。誰も来られません」

「カーラと手を組んでいたのね」

「たまたま利害が一致しただけです。あの方が逃したら僕があなたをいただいてもいい約束なのです。さぁ、行きましょう」

「行かないっ」

 足元の魔法陣は、空間跳躍の魔法だろう。

 左手首を握られていたまゆこは、右手で思い切りテオハルトの手を叩いた。

 ばちーんと、それはいい音がした。

 貴婦人は人の手を思い切り叩いたりはしない。いまだ勉強中のまゆこは、宮廷社交界に行き渡った礼儀からは逸脱している。

 いきなり無言で、手を振り上げて叩いたのだ。

 もとより彼女は、悩んで立ち止まる時間とは比べものにならないほど動きは素早い。
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