隠れクール上司~その素顔は君には見せはしない~1

1杯だけね、じゃあ僕はハイボールにしよう。


 結局酎ハイを飲みながら、飲みすぎて介抱してもらおうか、どうしようかと迷っているうちに、お開きになり、ほぼ航平と関が仕事の話をして、それを女子がなんとなく聞くというか料理などを注文してお世話をするという会に終わり、こんな会ならなかった方がマシだと、ただ肩を落とした。

 もちろん、それに誰も気づかない。

「えーっと、一君は、ホテル取れた?」

「歩いて5分のところに」

「よかった、良かった。えっと、副部門長は?」

 名前覚えとけよお。

「どうしよっかな」

 沙衣吏はちら、と美生を見てくる。

 あ、うちに泊まりでもいいけどと言いかけて、飲んだ割に顔色を変えない航平がふと目に入った。

「あ」

 でも、航平のホテルの部屋は空いてないんだっけ……。

「あ、あそうだ。うち泊まって、うちでカクテル作ってよ。航平君」

 ひらめきと同時に口に出し、最高のアイデアだと、急にハイテンションになる。

「うーん、いいけど。ホテル取ったのがなんだか無駄になったな」

「航平君じゃないよ! 沙衣吏さんがうちに泊まるの!」

 はたと気づく。

 しまった、いつもの口調で!!!

「あらそう?」

 航平は露とも知れず、ほろ酔い気分で笑っている。

 あもうしまった……。

 美生は、ずんと背中を丸めて黙り込んでしまう。が皆それには気づかず、

「いいよ。今日は僕が出すことに最初から決めてるから」

「ご馳走様です」

 いい声が飛んでいる。

 全員立ち上がり戸口まで行き、湊が会計を済ませるのを待った。

 その間美生は一言もしゃべらなかった。

「……、随分酔ってるね……食べずに飲んでたから」

 航平の声が聞こえたが顔を上げる気がしない。

「……美生とはよく飲みに出かけられるんですか?」

 すぐ目の前には、関の靴が見えている。

「いや……半年に1回くらいかな。臨店した時に時間が合ったら」

 いつも、会社で履いている革靴だ。

「本当に泊まってもいいの?」

 私は多分、この靴を舐める事ができるくらい、この人を好きなのに……。

「カクテルはやめとくよ。また、今度にしよう」

 今そばにいるのに……。

 靴が動く。

「関、大丈夫?」

「うわっ!!!」

 目、目の前に関店長が!!!

 美生の顔を覗き込んできた関に、驚いて、一歩下がり、

「わっ!! すみません!!!」

 後ろにいた他の客に体当たりしてしまう。

 無反応の他の客に、平謝りしながら、一同外へ出る。

「はあ………」

「随分溜息が重いねえ」

 誰のせいだと思ってんだ。

 美生は、航平を睨みたかったが、瞼が重くてそれもやめた。

「えっと、これからどうします?」

 沙衣吏の問いに、

「あそうだ。二次会行こう」

 美生は突如として発する。

「いやいや、もうやめといた方がいいよ」

 航平の過保護な一言を完全に無視して、

「沙衣吏さん行こう!」

と、言って、前に一歩踏み出したが、あそうだ……航平が一緒じゃないとダメなんだ。

「みんなで行こう」

 そのまま一人、前を向いて言う。

「どこに?」

 反応したのは航平だ。

「カクテルが飲めるとこ」

 こうなれば1人ででも言ってやる!!と思って足を前へ出したが、すぐに3人は後ろについて来た。

「カクテルって、バー?」

 航平の問いに、

「私はどこでもいいですけど……」

 沙衣吏はいい感じで会話している。

「一君は大丈夫?」

 航平は余計な事を聞いたが、

「まあ、あと1軒くらいなら」

と、付いて来てくれている。

 というか……私、本当に好きだったのにな……。

 じわりと涙が滲み、速度が落ちた。

「え゛、何で泣いてるの? もう帰ろう!」

 航平は余計な事しか言わない。

「……居酒屋予約してくれてなかったことが、今になって悲しくなってきただけ」

 美生は、すぐに涙を拭って前を向いた。

「というか、どこ行ってるの? なんていう店?」

 沙衣吏の一言に、ようやく足を止める。

「あ、どこ行こ」

「もう、一杯だけだよ」

 航平の言葉を無視して、沙衣吏が店を探してくれるのをぼーっと待つ。

「さっきの焼き鳥屋の裏にバーがあるね。そこにしよう」

 航平が仕切り直し、元来た道を再び全員で歩いて行く。あぁ、絶対関に嫌われた。

 眠そうにあくびをしているし……。最悪だ。

「美生ちゃんは明日早いんでしょ」

「早くても起きられるし」

「まあ若いからそうかもしれないけど、一杯だけ飲んだら帰るからね」

「それは私の勝手です。あの、その、美生ちゃんっていうのは、この場ではないと思います」

「自分だって航平君って言うじゃない」

「それは!!……。じゃあいいです。私は湊部長としか呼びませんから」

「なんでもいいけど」

「もう私だって、航平君のせいで、絶対最悪……」

「はいはい、関さん…。ややこしいな。同じ苗字が2人いると。いつも関 美生さんって呼んでるの?」

 航平は、2人に聞いた。

「トランシーバーでは、関 美生さんですけど。だいたいみんな下の名前ですよね」

「僕は関さんって呼んでるけど」

「あ、なるほど」

 沙衣吏は楽し気に笑った。

「唯一関さんって呼べる人物ですよね」

 沙衣吏も同じくらい飲んだのに、あまり酔ってない……。というか、沙衣吏を酔わせた方がいいじゃん!!

 と思い立った美生は、速度を上げ、一番にバーのドアを開けた。

 店はすいており、カウンターもボックス席も空いている。

 自然にボックス席に向かい、4人は、焼き鳥屋と同じ順番で腰掛けようとしたが、

「私、奥がいいから沙衣吏さんは、こっち側で」

と、きちんと提案できる。

「あ…そう?」

 自然に腰掛けてくれる沙衣吏に、美生は満足して奥に座り込んだ。

「…………」

 関とは目が合わない。

 あぁもう、さすがに本当に終わったんだなと自覚して、好きだけど、自覚して、もうとりあえず今は、沙衣吏を酔わせることに集中しようと決めた。

「えっと、このお店のおすすめってやつが良さそうですよ?」

 メニューを見ながら、美生は沙衣吏にテキーラを使ったカクテルをあえて勧めた。

「これ……美味しいかしら?」

 こちらの意志が伝わっているのかどうか、沙衣吏は慎重だ。

「中津川さん、飲める方?」

 名前知ってたんかい!!

 と思って顔を上げた瞬間、沙衣吏の顔も目に入り、その瞳が輝くのが分かる。

「えっと、まあまあ」

 よし!!

「じゃ、これと……」

「美生ちゃんは、水で」

「いや、私はこれ」

 と、マンゴーオレンジのカクテルを指した。

「1杯だけね。じゃあ僕は、ハイボールにしよう」

「僕も同じ物で」

 4人飲み物が決まり、すぐに出て来る。

 美生は内心、沙衣吏がうまく酔えますように、と祈ってから、自らのカクテルに手を伸ばす。

「………」

 目の前に関がいるが、話しかけてもくれない。

でも、グラス片手に座っているだけで様になっていて、めちゃくちゃカッコいい……。

「………」

 ちら、と視線を合わせようと試みたが、失敗に終わる。

 最初から望みなんてなかったけど……。

「あ、これおいし……」

 マンゴーオレンジが美味しいことに若干感動して、沙衣吏をちらと見た。ショートグラスを飲みながら、耳に髪の毛をかけるしぐさは、こんなボックス席で飲むのが惜しいくらいの美人だ。

「中津川のは、どんな味?」

 関は沙衣吏に聞く。私になんて興味ありませんよね……。

「どんな?」

 沙衣吏は首をかしげながらも、ほとんどテキーラの味がします、と言う。

「酔いそう?」

 聞いた瞬間後悔する。

 これでは作戦がバレる!!

「……うーん、どうだろ」

 あーあ、もう酔っぱらって、航平にお持ち帰りされればいいのに!!

 突然考えるのが面倒になって、

「あ、航平君、沙衣吏さん泊めてあげたら?」

「何言ってるの……」

 航平の歪んだ顔を見た瞬間、隣を見れなくなった。

「あー、私、酔ってるわ……」

 グラスを置いて、頭を抱える。

 これ以上は本当にしゃべらない方がいい。

「あの、でも、また来よう!!」

 しゃべらない方がいいと分かっているのに、誰も喋らないので、つい声を出してしまう。

「はいはい」

 航平は適当にあしらってくる。

「私も来たいです」

 沙衣吏……。

 美生は嬉しくなって沙衣吏を見た。 

 あぁ、なんて素敵な恥じらい顔なんだろう。この人もこんな顔をするんだな……しかもそれが、航平君でいいのか…と深く思う。

「うん。また今度、来よう」

 航平のその言い方は絶対来ない言い方だ。

「関は飲むの好きなの?」

 ひえええええええ!!

 わ、私に話しかけてくれた!!!

「えっ、えっ、えっ……」

「うーん、いつも居酒屋行くけど、帰りはいつも僕が送ってる」

 なんであんたが答える!?

「え、おぶって?」

 関が聞き間違えて、航平に聞き直した。

「いや、おぶった事はない。送って」

「あぁ」

 会話終了しちゃうじゃん!!!

「はあ……」

 美生はグラスの中を飲み切って溜息をつく。
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