隠れクール上司~その素顔は君には見せはしない~1

全っ然、記憶ない……


 目が覚めた。布団のにおいがいつもと違う。

 布団が堅い。窓からは夜景が見える。

 驚いて、身体を起こした。

 辺りを見渡す。ホテル……。ホテルだ。

「嘘!?」

 色々確認する。

 部屋はツイン。

 隣には誰もいない。

 服は着たまま。

 大丈夫。何も脱がされていない。

 嘘……何?

 とりあえず立ち上がって、みる。

 部屋の中は物音がしない。

「なんだっけ、なんだっけ……」

 なにがあったんだったっけ!?

 えっと、えっと、関と航平君と沙衣吏と飲みに。

 そんでもってえっと、バーに行って。

「嘘……何……」

 出そうになる涙をそのままに、航平に電話をかける。

 ベッドのデジタル時計は1時53分。寝てるかもしれない。

 けど、絶対出てほしい!と2度目も構わずかける。

『…………、』

「こ、航平君、航平君!!!」

『ん、どした?』

 明らかに寝起きで声が小さいが構うことはない。

「ここ、どこ!? 今どこにいるの!?」

『え? 今ビジネスホテルじゃないの?』

「え、わかんないわかんない。今どこ?」

『え? 中津川さんと一緒じゃないの?』

「あ、沙衣吏さん……」

 あ、隣沙衣吏なのか。

『どうしたの? 大丈夫?』

「いや……起きたら隣誰もいないから。どうなったのかと思って」

『あぁ……、途中で寝たからそこまで運んでってくれたよ。一君が』

「………えーーーーーーーーーーーー!!」

『僕は別のホテルだし。中津川さんが同じ部屋に泊まってくれるっていうから』

「えーもう私、最悪だ。最悪だ」

『飲みすぎだよ』

「そういう事じゃないし!!」

『……』

「あーもうほんと最悪……。もう今日絶対最悪だよ……。ってゆーかさあ、何で関店長呼ぶ事最初に言ってくれなかったの? そしたらもっと私だって色々準備してから行ったのに!」

『え? あぁ……準備って?』

「色々あるじゃん! あー……5キロ痩せとくんだった」

『………』

「もう絶対最悪!」

『あぁ…。明日も早いんだし、そろそろ寝たら?』

「そうします!!!」

 受話器がある電話ならガチャンと切ってやるのに、あいにくスマートフォンだから、液晶にそっと触れるだけだ。

 沙衣吏はどこ行ったんだろう。コンビニとか、飲み物でも買いに行ったかな。

 首がべとべとする。シャワーでも浴びようかな。

 と思った瞬間、ドアが開いた。

「あぁ、起きてた?」

 白いブラウスにスラックスといういで立ちの沙衣吏は一緒に2軒回ったはずなのに、今から仕事でも十分行けそうなくらい清潔感が漂っている。

「今からでも仕事行けそうですね」

 思ったままを言うと。

「何? どういう事?」

 と、半分笑われた。

「あー、明日休みで良かったわ。こんな流れになると思ってなかったから」

「すすす、すみません」

 美生は精一杯頭を下げた。

「いや、でも楽しかったけど。湊部長はちょっと好みじゃないかも」

 内心ほっとした。

「え、あ、そうですか? まあ確かに、予約取り忘れるところからして、はっきりしない感がありますけど」

「いや、そういうのはいんだけど。なんか随分美生に入れ込んでるみたいだし」

 じろりと睨まれる。

「え!? いや、入れ込むって何ですか!?」

「随分世話焼いてくれてたじゃない。本当に何もないの?」

「あるわけないない!! そんな、姉の元婚約者ですよ? 結婚式まで予定してたんですよ? そんな、普通に考えてあるわけないですよ!!」

「向こうも同じ気持ち?」

「私より航平君の方が多分そういう常識はあると思いますよ。部長だし」

「そういうのって分からないからなあ……」

「いやいや、待ってください。航平君の常識の具合は結構常識だと思いますよ」

 まあ、仕事の話くらいしかした事ないけど。その中ではかなり出来た人間だ。

「例えばそのー。久しぶりに再会したのが入社式だったんですけど、そこでは、今日は忙しいだろうからって、1週間後に店に来てくれて、食事したんです。
 なんか、新入歓迎会のことを分かってくれてたんだなーと思いましたよ」

「それは当然な気がするけど」

「………」

 いや、あれは私の中では最高に気が利いた思い出なんだけどな、と若干納得がいかない。

「うーん、でもまあ、基本的には、店の予約を忘れるとか、ホテルの予約を忘れるというのは日常茶飯事です。仕事の時は別人みたいです」

「どっちが本当なんだろうねえ」

 本当……。考えた事もなかった。というか、航平君が部長の仕事をしている、ということをあまり感じたことがない。

「昔はどうだった?」

「昔……。なんか、とにかくお姉ちゃんに一生懸命で、なんか、高校生の私もお姉ちゃん!!って感じでした」

「具体的に?」

「だから……、そう。1回地震で電車のダイヤが止まった事があったんですよ。その日なんか、わざわざ学校まで航平君が迎えに来てくれたんです。中抜けのシフトだったからって」

「へーーー、すごい」

「それは、お姉ちゃんが迎えに行ってあげてって言ってくれたからなんですけど、そこまで献身的にお姉ちゃんに仕えていながら、お姉ちゃんは一体何やってんの!!って感じです」

「お姉さんはその時から、アメリカ人が好きだったの?」

「違います。アメリカ人とは知り合ってすぐ結婚しましたから」

「そっか……」

 沙衣吏は自らのベッドに腰かける。

「湊部長は本当に彼女いないのかな?」

 本当も何も知らないが…。

「さあ……。私が会社に入ってからは仕事の話しかしてないです。
 新入歓迎会の後に食事行った時は、久しぶりだったんでお互いの話したんですけど。
 私も一応謝ったりして。でも、今彼女がいるとかいないとか、そんな話は一切しなかったし、私も聞きにくいし、それから一度もそんな話はしてません……」

「そんな雰囲気ない? 家とかは行かないの?」

「家もないです。どこかも詳しくは知らないし。マンションの名前は聞いたことあるけど、忘れたし、場所を調べたこともないです」

「美生の家にはよく来るの?」

「あ、玄関まで送ってくれますけど。中は入らないでって言ってるので、入ったことは……なかったと思います」

 あ、そういえば、話の流れてで電球変えてくれたことあったっけ。まあ、それくらいいっか。

「入らないで……か。今日も随分上から文句言ってたね。あれ会社で出ないの?」

「いや、今日は関店長のことが……」

 って、沙衣吏には何も言ってなかったんだったーーーー!

 いきなり後悔する。

「関店長が絡んでカッとなったの?」

「いや別に、そういうわけでは!!」

「いや、美生が関店長好きだってことは、わかるから」

 沙衣吏は髪の毛を払いながら笑った。

「………」

 美生は、ベッドの上に唐突に倒れこんだ。

 沙衣吏は声を上げて、笑う。

「前から気づいてたよ、だっていつも見てるし」

「えっ!!」

 あんなに自然を装って見てたのに、ばれてた!?

「いや、みんなは気づいてないと思うけど。私は一緒にいるから分かるし」

「あぁ………」

 誰にも打ち明けるつもり、なかったのに……。

「私がここに来て1年だから。その時にはもうそうなのかなって思ったけど」

 随分見破られている。

「だからその……今日は絶対最悪だったんですよ!」

「え、そう? 結構店長笑ってて。まあ、いつも比較的穏やかに笑ったりするんだけど、自然にこんなに笑うんだなって思ったよ」

「……え、どの部分で笑ってたんですか?」
「美生と湊部長のやりとり」

「え、何……それ、良かったんですか?」

「うん。美生がめちゃくちゃ言ってるのを湊部長がさらっと聞き流してる感じはある程度いつも通りだったのかな、だとしたらいい感じに面白いなとは思った。けど、美生は随分荒れてたね」

「いやもうだって!! テンション上がってるのが下がってるのか自分でもわかりませんでしたよ!」

「うん。関店長を目の前に自分を見失ってる感じはした」

「…………」

 目の前が真っ暗になる。

「でも、笑ってたから良かったんじゃない?」

「…………」

 良かったのか、悪かったのかの判断さえつかない。

「最後の方の、私は絶対東都シティのレジカウンターを最高の物にするんだって下りとか」

「なんですか、それ!?!?」

 飛び上がる話の内容に、自分が恐ろしくなる。

「あれ、覚えてない? 随分熱入れて話してたけど。その時は、関店長も、結構ちゃんと聞いてたよ」

「……何言ったのか全然覚えてない」

「んっとー、あそこはホームエレクトロニクスの中では最高だと言われているけど、そんなことはない、他店にももっといいカウンターがある!って。それはどこ?って2人が同時に聞いたら、知りませんって言ったり」

「最悪じゃん……」

「いやでも、よそに応援に行ってそれを感じた。あそこで胡坐かいてちゃいけないって熱弁してた」

「……」

 確かに、内心そうは思っているけど、それをよりにもよって店長に弁論するとは!!!

「でも、そうだねってみんな同意したよ。あのブランドに胡坐かいちゃう人もいるからね」

「……」

 そうかもしれないけど、それをバーで店長に熱弁するか……。

「それから?」

「それ言った後、急に寝たから。みんなそれぞれ飲み終わって。解散。あ、でも関店長が自らおぶってくれてたんだよ」

「あー………、最悪……」

「そう? 良かったじゃん! 記憶ないけど」

 沙衣吏は笑う。

「どんな流れで?」

「えっと、湊部長がホテル代払うから、私も一緒に泊まってくれって。で、関店長が予約したホテルがまだ空きがあったから、ここ来たの」

「え、重いとか言ってなかったですか?」

「部長が、重いなら代ろうかって言ったけど、重いけど、大丈夫ですって答えてた。でもそれは、湊部長に気を遣ったんだと思うよ」

「最悪……」

「ちょっとでも意識あったら、抱き着けばよかったのにねえ。そしたら、今頃同じ部屋だったかも」

「嘘!!!」

 美生は、必死に沙衣吏を見つめたが、沙衣吏はしらっとペットボトルの水を一口飲んだ。

「でも良かったんじゃない? 今回近づけて。というか、湊部長とあそこまで知り合いなら、早く呼んでもらったらよかったのに」

「えー……航平君にそういう事頼んでも絶対禄なことないだろうし、そもそも相談するのが嫌だ」

「ふーん。湊部長はまあまあいい感じだと思うけどなあ……」

 あれ? 最初にあんまりだとか言ってたけど、どこですり替わったんだろう。

「………良かったですか、航平君」

「……狙ってる人絶対多いよ。38歳独身、営業部長でイケメン、仕事はできる、優しい」

「……」

 確かに、仕事ではそういうそぶりを見せている。

「本当に興味ないの?」

「ないです。関店長と全然違うじゃないですか」

「…逆に関店長のどこがいいの?」

「それ聞きます??」

「え? まあ、聞かないと分からないから……」

「えー、そんなだって。まず外見が恰好いい。背も高い。優しい。仕事が出来る。私なんか全然手が届かなくて、もう面談の時くらいしかしゃべらないから、今日も全然しゃべれなかったし……」

「あそう? バーの時喋ってたと思うけど」

「その熱弁の時?」

「うん。なんか真剣に聞いてたよ」

「全っ然記憶ない…………」
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