未完成のユメミヅキ
 その時、その男子生徒が振り向いて、視線が合った。大きな目で真っ直ぐ見つめられて、動けなくなった。そして、感覚的に思った。「凄いやつ」だ。分かった。

「天田……和泉くん?」

 タロちゃんの口からと、わたしの妄想でしか聞いたことのない名前。しかもフルネームで覚えてしまった名前。

「俺の名前、どうして知っているの」

 やっぱりそうだ。
 ダムッとボールを突きながらこちらへ近付いてきた。大きな目は、ちょっと鋭い。タロちゃんもそうだけれど、勝負の世界にいると、ふとした時に目に鋭い光を持つ。

「あ、あの……わたし、松岡中の藤野太郎の同級生で」

 タロちゃんの名前を出したら、気付いた様子でわたしを見る目が変わった。ちょっといまの瞬間、気持ちいい。


「あー……もしかして」

 前髪がさらりと流れて、大きな目が細められた。途端に優しさが滲みだしたような表情だった。

「『まふちゃん』では?」

「そ、そそ、お、おう」

「おう?」

 まさか自分の名前を知っているとは思わず、血流が倍になった。わたしの心臓、がんばれ。
 心臓をぶち破って血が出るかもしれない。かかったらアレだから和泉くん避けて。見ないで、こんなわたしを。

「走ってきたの?」

「え?」

「息荒くて倒れそうだけど大丈夫?」

 妄想に忙しいわたしは息が荒い。息じゃなくて鼻息。

 鼻息の荒い女だと認識されてしまう。いつもはこんなに荒くないよ。違うよ、これが通常運行じゃないのよ。
 だめだ。早くここから立ち去ったほうがいい。

「あの、タロちゃんが忘れ物して……今日、男バスないけど、自主練するって」

「ああ、俺、このあと会うから、渡しておこうか」

 そうだったの。タロちゃん、和泉くんと会うなんてひとことも言っていなかったけれど。

「本当? じゃあお願いします」

 和泉くんが大きな手を出したから、キーホルダーをそれに乗せる。ちょっとだけ触ってしまった。いまたぶん、1回鼓動が飛んだ。

 和泉くんはキーホルダーを摘みあげて眺めている。ああ、そのキーホルダーいいなぁ。和泉くんに持って貰って。
 いや、なにを考えているのだ。すると和泉くんがふっと笑って、言った。

「これ、肉団子?」

「え、ち、違う……」

「うそだって。そんな真に受けないで」

 吹き出しそうになるのを我慢しているのが分かる。
 なんだもう、笑顔が見たいからいいよ。なんでもいいや。

< 6 / 85 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop