未完成のユメミヅキ
「タロが『まふちゃん』の手作りキーホルダーの話を何回もしてた。お守りなんだって」

 和泉くんもタロちゃんのことタロって呼ぶんだ。なんだか嬉しい。お揃いで嬉しい。お守りのことを話してくれて、タロちゃんグッジョブである。

「中学のとき、試合があるタロちゃんに作ってあげたの。でも、いま持っているそれは」

 わたしが指さすと和泉くんはキーホルダーをきゅっと握りしめる。そして遠慮がちに言った。

「俺も欲しい。作ってくれない?」

「……え?」

 いま、なんと言ったのか。聞き間違え? ちょっともう一度言って貰ってもいいでしょうか。
 和泉くんを妄想するあまり、幻聴まで聞こえるようになった? そもそも目の前の彼も幻覚なの?

「だめかな。お守りのキーホルダー、俺も欲しい」

 白目。だめかも。わたしの命ここまでかも。和泉くんという槍が柄まで刺さった。


「嫌なら……いいけど」

「い、嫌じゃ無い!」

 信じられない。出会えたばかりか、名前も覚えていてくれて、和泉くんにお願いごとをされるなんて。
 ここで絶命している場合ではない。生きろ。

「えっと、あの、ぜひ! 作ります!」

 拳を振り上げた。やる気、勇気、元気。これさえあれば人間なんとかなるってお母さんが言っていた。

「そ、そんなに急がなくてもいいけれど」

「いやもう、だってすぐ部活が始まりますよね。そしたら試合もありますし!」

「どうして敬語」

「あ、いやあの。だから作ってきま……作るね」

 なにこれ、次に会える口実じゃないの。意図せずそういう展開になったこと、感謝しなくちゃ。とりあえずいまは、体育館の床に向かって手を合わせておく。

「自分で言うの、ちょっと恥ずかしいけれど、わたしのお守り、すごく効くから」

 タロちゃんも大事にしてくれたけれど、和泉くんに作るなら、これはもう最高に効力を発揮するはず。気持ち込めすぎて、呪いにならないといいけれど。

「ふうん」

 材料、裁縫セットの中にまだあったはず。
 帰ったらすぐ作ろう。真っ先にやろう。最優先事項だ。夕飯を食べた後だと眠くなっちゃうから、その前に。玄関で靴を脱いだらすぐに部屋へ直行しなくちゃ。


「んじゃあ、これは渡しておくから」

「うん、お願いね。じゃあわたし急いで帰るから帰ったら早速手芸したいしタロちゃんは教室で飽きるほど顔を見ているからべつにいま会わなくていいから帰るね!」

「あ、うん」

「和泉くんも自主練なんだね、がが、がんばってね!」

「あ、あの」

 がんばってね。部活男子に言う憧れの言葉じゃない? そう思うのはわたしだけだろうか。

「がんばってね! じゃあね!」

 ボールを持ったままの和泉くんに手を振って、体育館を出た。

「ああ、ドキドキした」

 緊張が強くて、ときめきを味わう時間などなかった。

 勝手に妄想していた彼と、出会ってしまった。
 気持ちは先走る。慣れないから、もてあます。

 だからとりあえず、目の前のことをやろう。帰ったら、キーホルダーを作るの。和泉くんのために。



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