未完成のユメミヅキ
「お父さんが帰ってくるのを、わたしとお母さんはずっと待っていたの。そして今日まで来たんだ」

 亜弥にもタロちゃんにも言わなかったことだった。

 彼らは知っているけれど、話題にしないでくれているから。普通に接してくれる。それがありがたかったから、わたしはふたりの思いにずっと浸かっていたかった。
 だから、お母さんのことも見て見ないふりをしてきたのだ。

「お父さんは、仙スパのブースターだった。でも、わたしとお母さんは興味が無くて。ちょっとね、後悔しているよ。知っていたら、和泉くんのことももっと早く分かったかもしれないのに。ごめんね」

 笑顔を向けることしかできなかった。
 涙は目にずっと溜まっていくのだけれど。

「それも、まふちゃんのせいじゃないだろ。謝らなくていい。それに、お父さんも怒ってないだろ、きっと」

 笑顔がとても優しくて、ああ、やっぱりこの人なんだなぁと、再確認する。心を向けたひとが彼でよかった。

「無色だったわたしの世界に、色が入ったのは、和泉くんのおかげなの」


 タロちゃんに聞いて、興味を持って、そして写真を見て。止まっていたわたしの時間が動いて、そして色が注がれた。
 いまでも思い出すと、体が震える。

「天田和泉くんを、応援することで、自分の存在理由と気持ちを保っていた」

 和泉くんのことを考えることが、全部、自分のためだった。

「でも、それが、和泉くんを苦しめてしまった」

 瞼を閉じると、心が零れた。抑えられなくて、どうしようもなかった。

「ごめんなさい」

 和泉くんと『USAGI』で言い争ってしまったことを思い出した。悲しさと苦痛の表情は、自分のせいで、そんな気持ちにさせてしまったことが怖くて。

「まふちゃん。なんで泣くの」

「和泉くんも泣いてるじゃん。もらい泣き」

「泣いてないし。さっきも言ったけれど、俺が苦しいのはまふちゃんのせいじゃない」

 体育館から、歓声が聞こえる。ドリブルの音、シューズの音。また歓声があがる。
 本当はこの音の中で、ボールを追いかけるはずの彼が、こんなところで泣いているなんて。

 いますぐ、和泉くんの心に触れたいと思った。


「和泉くんが、泣かないようにしたい。悲しくて苦しくて、眠れない夜を過ごさないようにしたかった」

「なにそれ、お母さんか」

「わたしも、自分でなにを言っているのか分からないけれど」

 零れる涙を手のひらで拭った。

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