嘘つきピエロは息をしていない
「でも……」
「でも?」
「ワタシは笑ってなきゃいけないの」
「なぜ?」
「約束、したから」
「誰と」
幼い頃に交わした約束が今も吉川を縛っている。
「もういいよ、きり」
部室に入ってきたのは、一色だった。
「もう、思い出していいよ。本当のきりのこと」
「…………」
「きりは昔から、そうだった。本格的に役に入り込んだら忘れてしまうんだ。自分が誰だったかってことさえ。そのたびに俺が呼び戻した」
「いっちゃん……」
「きりにあげた役は、きりを笑顔にさせることはできたけど。重荷にもなっているって、気づいていたんだ。気づきながら知らないフリをしていた」
目を見開く、吉川。
「……どうして?」
消えそうな声で囁く吉川を、今すぐ抱きしめてやりたい。
だけどその衝動をぐっとこらえる。
「俺の与えた配役から一向に抜け出そうとしないきりが、可愛かった」
一色もまた、心に闇を抱えている。
「俺さ。きりが言葉をうまく話したり、読める字が増えたり。髪が伸びたり、初めてスカートを履くきっかけを作ったときだって。たまらなかった。きりの人生を俺の手で決められた気がして、嬉しかった」
「思い通りに……したかったの?」
表情を亡くした吉川が一色をすがるような目で見つめている。
「いいや。きりの笑顔を守りたかった」
「お前は吉川から負の感情を奪ったんだな?」