初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
 ちょうど執務室から出て来た家令は、突然のジャスティーヌの訪問に驚いたが、ジャスティーヌの問いに、更に驚かされた。
「留守中にどなたか訪問者は?」
「いえ、どなたもいらしておりません」
「アレクが一人で図書室にいたけれど、何かおかしなことはなかった?」
「久しぶりに、アレクシス様のお声を拝聴致しました」
 家令の答えに、アレクサンドラは背筋を冷たいものが流れていくのを感じた。
「お嬢様、何か?」
 顔色の悪くなったジャスティーヌを心配する家令に礼を言うと、ジャスティーヌは自分の部屋へと戻っていった。


 ライラに着替えを手伝ってもらう間も、ジャスティーヌの中の疑惑は膨らんでいくだけだった。
 突然、足しげく教会に通うようになったアレクサンドラ、ライラの話では、何度も告解しているという。もしそうだとしたら、今晩、家族の留守中にアレクサンドラを訪ねてきた男が、アレクサンドラに不埒な真似を働き、そのことをアレクサンドラは苦にして教会に通い、何度も告解しているということになる。
 だとしたら、いったい、誰が?
 そう思った瞬間、パーティーの途中で姿を消したアントニウスの事がジャスティーヌの脳裏に浮かんだ。
 まるで示し合わせたようで、アントニウスがどこに行ったのか、なぜパーティーの途中で帰宅したのかを訪ねても、ロベルトは何も知らないと言いながら、一人残したアレクサンドラが心配だから早く家に帰りたいとジャスティーヌが言うと、ロベルトは何度もジャスティーヌの事を引き留めた。
 そのロベルトの様子に納得がいかず、ジャスティーヌは奥の手である、気分が悪くなったという理由を使って帰宅しようとすると、両親が心配して一緒に帰ると言い出し、ロベルトはそれでも名残惜しいとか、なんとか理由をつけて、ジャスティーヌ達の帰宅を引き延ばそうとした。
 もし、それがアントニウスに頼まれての事だとしたら、ロベルトは従兄のアントニウスに頼まれて自分たちを足止めし、アントニウスがアレクサンドラに非道な真似を、少なくとも、夜着のボタンを留めなおさなければならないような不埒な真似をする手助けをしたということになる。
 そう考えると、ジャスティーヌはアレクサンドラに申し訳なくなって涙が溢れてきた。
「お嬢様?」
 心配げに問いかけるライラに頭を横に振ると、ジャスティーヌは無言で出て行くように合図した。
 思い続けていたロベルトと相思相愛だとわかり、自分だけが幸せいっぱいで、アレクサンドラが酷い目にあわされているなんて考えもしなかった自分が、酷く子供で愚かに思えた。
 きっと、全てはあの落馬事件の時なのだと、ジャスティーヌは確信した。
 落馬したアレクが女性だと知ったアントニウスは、きっとその優位さを利用して、アレクサンドラを脅したに違いない。伯爵家の名誉、ジャスティーヌの幸せがかかっているとすれば、アレクサンドラは一も二もなく、アントニウスの命令に従っただろう。だから、アントニウスとは話をしてはいけない、傍によってはいけないと、アレクサンドラは警告したのだと、ジャスティーヌは確信した。
 そう思うと、ジャスティーヌの立場は、更に難しいものになる。
 このまま初恋のロベルトと夢のような時を過ごし、結婚するとなれば、アレクサンドラに非道を働いたアントニウスとは、義理の従兄妹として付き合いを続けていかなくてはならない。それが、どれ程アレクサンドラの心を傷つけるだろうか。考えるだけでジャスティーヌは耐えられなかった。
「もう、修道院に入るしかないわ・・・・・・」
 王太子との見合いを放棄すれば、当然、他の男性に嫁ぐわけにもいかない。ましてや、ここにきて、王太子の本命はジャスティーヌと言う話が社交界でも実しやかに囁かれ、今までジャスティーヌに冷たく当たっていた侯爵家の令嬢たちまで、最近はジャスティーヌの御機嫌取りに来るくらいだ。この状況から、話をなかったことにするには、もうアレクサンドラと二人で修道院に入るしかない。
 ジャスティーヌは涙を止めることが出来ず、泣きながらベッドに入った。そして、二度とアントニウスとアレクサンドラを二人っきりにはしないと、心に誓ったのだった。

☆☆☆

< 118 / 252 >

この作品をシェア

pagetop