初恋の君に真紅の薔薇の花束を・・・
 やっと意識を取り戻したアレクサンドラは、心配する両親に見守られながら、ゆっくりと起き上がった。
「アントニウス様が・・・・・・」
 アレクサンドラが倒れている間に手紙に目を通したのだろう、父のルドルフが無言で頷いた。
「王宮にもマリー・ルイーズ様から報告が入ったとの知らせがあった。ジャスティーヌも、間もなく帰ってくるだろう」
 ルドルフの言葉に、アレクサンドラはあれが悪夢ではなく、現実なのだと、改めて思い知らされた。
「マリー・ルイーズ様からのご報告は、どのような内容だったのですか?」
 アレクサンドラが問うと、ルドルフは頭を横に振った。
「お父様・・・・・・」
 アレクサンドラが口を開いたところへジャスティーヌが走りこんできた。
「アレク、大丈夫なの? アントニウス様は怪我をされ、アレクが倒れたって、王宮はもう大変な事になっているのよ」
 ジャスティーヌの言葉通り、マリー・ルイーズの突然の訪問と知らせから、王宮でも大騒動になったことは事実で、ましてアレクサンドラが倒れたという知らせに、ロベルトをはじめとするジャスティーヌの傍で指導をしていた女官達も大わらわになっていた。
「アレクサンドラなら、やっと気が付きましたよ」
 アリシアが声をかけると、ジャスティーヌは両親を押しのけるようにしてアレクサンドラの元へと走り寄った。
「アレク、どうするの?」
 ジャスティーヌの問いに、ルドルフは咳払いした。
「アレクサンドラとアントニウス殿は婚約しているわけではない。それにイルデランザは、ポレモスと開戦中だ。ましてや、アレクサンドラはお前と双子、後の王太子妃と見間違われる可能性があるアレクサンドラが戦時下のイルデランザに赴くことなどありえない」
 ルドルフの厳しい言葉に、アリシアは頷くしかなかったが、ジャスティーヌはキッと父をにらみ返した。
「私とアレクが双子だなんてことは関係ありません。アレクがアントニウス様の所に行きたいと思うなら、そうさせてあげるべきです」
「何を馬鹿な、婚約者ならばまだしも、婚約も何もしていないのだぞ!」
 ルドルフが語気を荒げた。
「お父様は、ちゃんとアレクに確認したのですか? 両家の間では正式ではないものの、二人の間では約束があるかもしれないではありませんか」
 あくまでも自分とロベルトの事をベースに話を進めるジャスティーヌに、ルドルフは何とか言い返そうとしたが、ジャスティーヌの性格からおとなしく話を聞くとも思えなかった。
「・・・・・・アレクサンドラ、今、ジャスティーヌが言ったことだが、どうなんだ? お前とアントニウス殿の間には、約束事があるのか? お前は前々から、ずっと誰にも嫁がないといい続けていたが、どうなのだ?」
 父に問われ、アレクサンドラはしばらく黙した。

(・・・・・・・・私はアントニウス様のもの。もし、アントニウス様にもしものことがあったら・・・・・・。アントニウス様の傍にいたい・・・・・・・・)

 胸を突き破る様にアントニウスに会いたいという想いが募っていった。
「お父様、どうかマリー・ルイーズ様にお願いしてください。私は、メイドでも、侍女でも、キッチンメイドでも構いません。どうか、マリー・ルイーズ様と一緒にイルデランザの公爵邸に行かれるように、そこで、アントニウス様のお世話をさせて戴けるように、アントニウス様が私の社交界デビューのために色々用立ててくださったお礼ができるように、どうかお父様からマリー・ルイーズ様にお願いしてください」
 アレクサンドラの血を吐くような願いに、ルドルフは言葉を飲み込んだ。
「アレクサンドラ、あなたは、仮にも将来の王太子妃の妹なのですよ。いくら他国の公爵邸でとはいえ、そんなメイドの真似事なんてできるはずがないでしょう。それならば、まだ、アントニウス様とお約束を交わしているとか、そういうことはないのですか?」
 アリシアの言葉に、ジャスティーヌは母の方を振り向いた。
「お母様、私はロベルト殿下から何度もきいております。アントニウス様はアレクに何度もプロポーズしていると。アレクは、私の立場を考えて、ずっと答えを保留にしていたのです」
「本当なのか? アレクサンドラ、お前はプロポーズの答えを保留していたのか?」
 ルドルフがジャスティーヌの言葉を継いで問いかけた。
「はい。私は・・・・・・。私では公爵家のご嫡男の妻にはふさわしくないと、そうお断りしましたが、アントニウス様は、ずっと私の事を妻にと、望んでくださいました。ですが、ジャスティーヌと殿下の婚約が調わないのに、妹の私が婚約することも不適切だと、そう思っておりました」
 説明するアレクサンドラをジャスティーヌがぎゅっと抱きしめた。
「・・・・・・ペレス大佐という方からの手紙は読ませてもらった。アントニウス殿は相手の名前は明かしてはいなかったが、心に決めた相手がおり、その相手以外は妻には考えられないと、そう話していたと。だから、その相手に自分を守って被弾したことを詫びたいと、そう書かれていた。その手紙がお前の元に届いているという事は、お前の事をアントニウス殿は真剣に思っていたという事だろう。そして、お前の気持ちはどうなのだ? ただの恩返しで行きたいのか、それとも、プロポーズをお受けする気があっていくのか・・・・・・」
 ルドルフに問われ、アレクサンドラは俯いた。
「お父様、本当に、私はアントニウス様の妻にふさわしいのでしょうか?」
 気弱なアレクサンドラに、ジャスティーヌが返事をしようとしたが、アレクサンドラはジャスティーヌを手で制し、父の事をゆっくりと見上げた。
「アレクサンドラ、確かに、我が家は弱小伯爵家ではある。しかし、歴史は古く、陛下にも直接目通りを許されている古参の伯爵家だ。私の口から言うのもなんだが、陛下が心をお許しになれる、数少ない臣下の一人が私だ。その私の娘が、単に家柄、所領が広いだけで懐事情が苦しいからと言って、自らを低く見る必要はない」
「では、アントニウス様の隣に並んでも、アントニウス様が恥ずかしく思う事はないと?」
「そうだ」
 ルドルフは言いながら、次に帰ってくるアレクサンドラの言葉の予想はついた。
「もし、アントニウス様にご迷惑が掛からないというのなら、私は、アントニウス様のプロポーズをお受けしたいと思います」
 アレクサンドラがやっとの思いで言うと、ルドルフは大きなため息をついた。
「仕方ない。マリー・ルイーズ様に、ご連絡してみよう」
 ルドルフは言うと、再び大きなため息をつきながら、部屋から出ていった。

☆☆☆

< 195 / 252 >

この作品をシェア

pagetop