春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「(諏訪くん?)」


「晏吏?」


私とりとは同時に彼の方を向いた。


「……え…?」


りとの呟きが、空気にそっと溶けた。

息が、止まる。なのに、心臓は強く動き続けている。

熱を奪う冷たい風に全てを攫われてしまったかのように、身体が凍り付いたように動かなくなった。

キャラメル色の髪が、はらりひらりと揺れる。

長いまつ毛に縁取られた大きな瞳が嬉しそうに細められ、真っ赤な唇がにぃっと弧を描いた。


「―――お久しぶり、柚羽」


何故、ここにいるの?

どうして、ここに姉が?


「(お姉ちゃ――)」

「ここにあんたが来ることは、向坂に教えてもらったの」


私の声なき声を遮った姉は、遊戯を楽しむような顔でそう言った。


(――向坂?)


誰のことだろう。無意識に隣にいるりとを見上げた私は、彼の表情を見て息を飲んだ。


「…どういうことだよ」


地を這うような低い声が落ちる。りとは困惑したような目で姉を見ていた。

まさか、向坂って…いや、まさかだ。だって、あの人なわけがない。

そうでしょう?と、りとの顔を見たが、彼の視線と交わらなかった。
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