春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「分からないのですか?」
何の抑揚もない声が、りとを更に苛立たせている。
漆黒のコートから覗く白い手が、りとの細い手首を掴んだ。
「何がだよっ!?」
りとの問いに答えるかのように、紫さんはこの上ない優美な微笑を飾った。
寒さのせいなのか、別の何かのせいなのかは分からない。背筋がぞくりとする。
こんな紫さん、見たことがない。
「…僕が、崇瀬組の人間だということです」
紫さんは眉一つ動かさずにそう言い放つと、りとを思い切り突き飛ばした。
紺色の瞳が、大きく揺れる。
「璃叶っ!!」
慌てて駆け寄った諏訪くんが、コンクリートの上に倒れこんだりとの身体を受け止めた。
現実を受け入れられずにいた私と聡美は、彼らの後ろで呆然と立ち尽くしている。
信じたくないよ、こんな現実。
紫さんが、崇瀬組の人間で…ヤクザだったなんて。
「……意味、分かんないよ」
今にも消えてしまいそうな声が、空気を駆け巡って、紫さんの鼓膜を揺らした。