春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「分かっていただけなくても結構です」


りとだけでなく、世界の全てを突き放すような冷たい声が落ちた。

大きく見開かれている紺色の瞳が、現実から目を背けるように下ろされた瞼によって、ふわりと隠れる。


「……なんで?なんでなの?」


はたはたと、コンクリートの上に透明の雫が降り始めた。

それは、りとの涙だ。

瞬きと一緒に弾き出された涙が、秋霖のように降る。


「笑ってたじゃんっ…、昨日も、その前も、ずっとっ…」


りとが、泣いている。

叫ぶような声で、子供のように。


「俺と一緒に居たじゃんっ…」


絞り出すように放たれた声に、胸を締め付けられた。

りとらしくないと思ったけれど、そう思った私が間違っている。

だって、りとは紫さんの子供だもの。
大人びていて、意地悪で、頼りになる人だけれど、紫さんの前だけではひとりの子供だ。


「いつからそんなもんになってたんだよっ…」


「あなたが生まれる前からです」


紫さんは間髪入れずにそう答えると、右目に掛かった髪を後ろへ払いのけた。
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