春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
「……嘘」


「嘘ではありません」


「噓っ…、嘘だっ!」


「いいえ」


何度そう言っても、紫さんは頷いてくれない。そんな気配を微塵も見せない。

道端に転がっている灰色の石のような目で、静かにりとを見下ろしたまま、呼吸を繰り返しているだけだった。

静かな空間に、くすくすと笑う声が落ちる。

嗚咽を漏らしているりとの元へと、薄っすらと微笑んでいる姉が真っ赤なハイヒールを鳴らしながら歩み寄った。

そうして、項垂れているりとの耳元に囁くように唇を寄せて、笑った。


「あなた、現実を見ないのねぇ。向坂に何を期待してるのよ」


「…うるさい」


りとは手のひらを握りしめた。それを横目で見た姉は鼻で笑うと、挑発するように高笑いをした。


「泣いたところで、冷徹で非情な向坂は何もしてくれないわ」


「煩いっ!!」


今の姉の言葉に腹を立てたのか、俯いていたりとの顔が弾かれたように上を向いた。


「璃叶っ!?」


りとは諏訪くんの手を振り払うと、殴らんばかりの勢いで姉の赤いコートの裾を掴み、それを引っ張りながら立ち上がった。
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