春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
思い当たる節がない私は小首を傾げた。
彼は呆れたような目で私を見ると、重いため息を吐く。
「花を見て笑っていたから。何が面白いの?」
沈む夕日の色のような瞳が淡く揺れる。
優しいとは言えない声でそう問われ、私は反射的に口を噤んだ。
寂しい人だな、と思った。同時に、悲しい人だとも。
アネモネやカーネーション、桜が咲くと、私は大好きな春が来たことを実感する。
けれど、彼は違うのだろう。花は花。それがどうした、とでも言いたげな顔をしているから。
「春が来たから、嬉しくなったんです」
「立春はもう過ぎているよ」
「暦の話じゃありません。目に映るもの、聞こえるもの、触れるものが春になったという意味です」
「…そう」
それっきり、彼は口を閉ざした。
居た堪れなくなった私は、この重苦しい沈黙をどうにかできないかと思案に暮れたが、結局何も思い浮かばなくて項垂れた。
そうこうしているうちに、私は彼がこの学校の制服を着ていないことに気がついた。