春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
沈黙が陣取る空間の扉を叩くように、柔い春風が吹き荒れる。
「…あの」
それに応じるように声を出したのだけれど、風にかき消されてしまいそうなくらい小さくなってしまった。
だというのに、彼の鼓膜を揺らせていたようで。
「ん?」
彼はほんの少し首を傾げると、私を見つめ返した。
沈んでいく夕日に煌めく琥珀色の瞳が、私を真っすぐに見つめている。
どうしてなのだろう。彼は黒一色の姿をしているのに、白く儚く解け消える雪のように、今にも消えてしまいそうに思えた。
今日この日をさいごに、彼の存在そのものがなくなってしまいそうな気がしたのだ。
「明日もここにいますか?」
「…どうだと思う?」
曖昧な微笑みに、心を擽られた。
どうしてほしい?と言っているように思えたのは、私の思い違いだろうか。
「いると思います」
間髪入れずにそう答えた私を見て、彼は驚いたような、嬉しそうな顔をした。
「…どうしてそう思ったの?」
どうして、なんて。
昨日も今日もここに来ているんだから、明日も明後日も来ると思うのは当然じゃないか。