春を待つ君に、優しい嘘を贈る。
紗羅さんは私が記憶喪失だと言った。

確かに私は半年前のことをよく覚えていないが、それは恐怖のあまりに忘れているのだと思っていた。

だが、どうやらそれは違ったようだ。


紗羅さんが私に抱いている感情、私にぶつけた言葉。

いつの間にか怖くなっていた姉のこと。

そして、あの琥珀色の瞳の人。


恐らく、それらは全て、失われた記憶と関係している。

半年前に起きた事故で抜け落ちた記憶の中にあるのだ。


「(りと、)」


瞳を閉じた彼に、音のない言葉を掛ける。

その瞬間、りとは目を開けた。

聞こえたよ、とでも言うかのように、口角を上げている。


「(たぶん、全部関係があるんだと思う。私が忘れている“何か”は、紗羅さんや神苑、お姉ちゃんのことに、関係してる)」


「………」


私は身を乗り出して、唇を動かした。


「(私、知りたい)」


「…なんで?」


間髪入れずに返ってきた声は、ほんのり冷たい。
< 55 / 381 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop