ヒロインの条件

あ、待って。そういえば話たことがある。リビングで私が漫画を読んでたときじゃなかった? 馬鹿にされそうで嫌で、漫画を後ろに隠して部屋を後にしたんだった。なんだっけ、何か話したような……。

『かわいいと思うよ』

どくんと胸が鳴る。それから手足の先から中心に向かって、ざわざわとさざ波が起こるみたいな、喜び? ううん違う、なんだろう……そうだ、これは幸せだ。

それは何気ない一言だった。軽そうな高校生が、私をからかって言った言葉。当時、ちょっとムカッときたんだっけ。適当に女の子が喜びそうなことを言ってるって思って、特別なことだと思わなかった。

「それでさあ」
お兄ちゃんは言いにくそうにしている。

「何?」
幸福感につつまれて、胸が高鳴ってる。

お兄ちゃんは人差し指で頭をかいて、それから「塩見がある時から、花を随分気にするようになったんだよ。メアド教えて欲しいって言うけど、あんなに女にだらしないやつに、妹の連絡先なんか教えるわけないだろ? しかもさ、大会が迫ってるって時に」

お兄ちゃんが少しうつむく。

「お前は、特別の才能があった。塩見みたいな男に引っかかったら、せっかくの才能もチャンスも努力も潰されると思って」

私は当時を思い返す。私は柔道に夢中だった。誰よりも強い自分を目指していたけれど、少女漫画を読む時だけ少し女の子戻れた気がしたんだ。そうだ、あのころからヒロインになってみたかった。

「塩見が海外の大学に行った後しばらくして、お前宛にエアメールが届いた。実家のポストでそれを見つけて、俺は悪い予感がしたんだ。ああまずい、塩見は妹に本気かもしれないって」

お兄ちゃんは立ち上がり、ソファの後ろ側にあったチェストに向かうと、引き出しを引っ張り、中から手紙を出してきた。
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