突然ですが、オオカミ御曹司と政略結婚いたします
「おい、聞いてたか? 早くしろ」

 強く目を瞑っていた私は、我に返って小さく跳ね上がる。

 ……全然聞いてなかった。

 気まずい顔を上げると、半分だけが月明かりに照らされた彼は、こちらを覗き込んでいる。思っていたよりも近い距離に身体をのけ反らせ、ドアに背中がぶつかった。

「ち、近いんですけど……!」

「ったく、聞いてなかったのか。世話が焼けるな」

 彼は私の両肩を掴み、正しく座らせた。そして、長い腕が背後まで伸びてきて、さらりと髪を掠っていく。覆いかぶさるように、彼が私の頭もとに両手をついた。

 目の前に彼の顔がある。息遣いまで伝わってしまいそうで、瞬(まばた)きすら忘れて全身を硬直させた。

「なに固まってんだ、ガキ」

「ガ、ガキ!?」

 緊張が一気に緩む。眉根を寄せた彼が、「ほら」と急かすように右手を差し出してきた。状況が呑み込めず、小首を傾げる。

「シートベルトだよ。早く寄こせ」

 あ、さっきのは、それを言われてたのか……。

 自分でと言おうとしたが恐らく許してくれなさそうだったので、大人しく手渡した。カチッと音がして、彼は再び運転席に腰を落とす。

「出すぞ」

 うなずくと、車は静かに走り出した。
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