異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「私、散歩してきますね」

「若菜さん……」

 気まずそうな顔をしたダガロフさんは、かける言葉を模索しているようだ。気を使わせても悪いので、私は平静を装って返事をする。

「せっかく案内してくれたのにすみません」

「あ、待ってください」

 呼び止めるダガロフさんの声を振り切って、私は足早にその場から立ち去る。あてもなく階段を上がり、燃えるような夕日に染まる屋上へやってきた。

 重い足取りで奥まで進むと、石壁の縁に手をかけて黄金に染まる町を見下ろす。

 せっかく着飾ってもらったのに申し訳ないけれど、無駄になってしまいそうだ。日の光を浴びて橙色に染まる白のタイトドレスに視線を落とし、肩をすぼめた。そのとき――。

「探した」

 耳介をくすぐるバリトンの響き。後ろから伸びてきた腕に包まれ、私の首筋に誰かの顎が乗る。

 私は夢を見ているのだろうか。この声も腕の強さにも覚えがある。幾度も私を励まし、守ってくれた人のものだ。

 鎖骨のあたりに回っている彼の前腕に手を添えて、恐る恐る「シェイド?」と名前を呼んでみる。すると返事の代わりに彼の腕に力がこもった。

「さっき、俺がアシュリー姫といるところを見ただろう。あれは姫がいきなり抱き着いてきてな、避けられなかった」

「え、どうして私がいたことを知ってるの?」 

 振り向けば、至近距離で渋い表情のシェイドと目が合う。その額にはうっすらと汗が滲んで前髪が張りついている。

「ダガロフに聞いたんだ。それで弁解しなければと、急いで追いかけてきた」

 私の誤解を解くためだけに必死になってくれたのだと知り、なにかが胸に込み上げてくるのを感じる。

 たくましい腕の中で体を反転させて、私はシェイドと対面した。彼は私の頬に手を添えると、眩しいものを見つめるように目を細める。

「そのドレス、似合ってる」

「あ、ありがとう。これはアスナさんとローズさんが町で買ってくれたの」

 褒められてむず痒い気持ちになっていたら、シェイドの表情が曇った。どうしたのかと首を傾げると、不機嫌そうに尋ねてくる。

「あのふたりと町に出かけたのか」

「え? ええ、そうよ」

「俺だって若菜と出かけたことがないというのに、先を越されたな」

 してやられたとばかりに憂い顔で前髪を掻き上げる仕草が艶やかで、思わず見惚れた。 

 これはいわゆる嫉妬だろうか、なんて妄想をして自意識過剰もいいところだと心の中で自分を咎める。

 王子に見初められただけでも女性として幸福であるはずなのに、アシュリー姫といる場面に遭遇して傷ついて私だけを見てほしいなどと傲慢な考えを抱いてしまう。底なしに愛情を求めてしまう欲張りで身の程知らずな自分に嫌気が差していると、彼は唐突に「決めたぞ」と意気込む。

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