異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「今度はエヴィテオールの城下町に俺と出かけてくれ。永遠に記憶に残る最高の一日になるようエスコートさせてもらう」

「あ……私は特別な演出なんていらないわ。ただ、あなたと同じものを見て感じることができればそれで満足よ」

 豪勢な食事でなくても、高価な贈り物がなくても構わない。彼と一緒にいられるだけで幸せになれるし、過ごした時間は一生記憶から消えないだろう。

 そう思って伝えたのだが、シェイドは参ったなというふうに片手で顔を覆う。

「あなたはサラッと殺し文句を言うから困る。俺の心臓がうっかり止まりそうになったぞ」

「大げさね。じゃあ、約束をしましょう」

 顔を覆っている彼の小指に自分の小指を引っかけた。これはなんだとばかりに小指を凝視するシェイドに、この国には『指切りげんまん』の風習がないのだろうかと思いながら説明する。

「これは私のいた世界にある約束の方法。指切りげんまん、嘘ついたら針千本飲ーます。指切った」

 絡めた小指を上下に揺すりパッと離す。案の定、シェイドの表情は険しかった。離した小指をじっと見つめたあと、渋い表情で私に視線を向ける。

「歌詞がすえ恐ろしいな。念のため、意味を尋ねてもいいだろうか」

「えっと、歌の通りで約束を違えたときは針千本を飲む罰が課されますっていう意味ですけど、実際はおまじない程度の感覚でやるわね」

 本気で針を飲むと思っていたらしいシェイドは、私の説明を聞いて安堵の息をこぼす。お互いに無事に王位を奪還できると願掛けのつもりで提案したのだが、余計な心配をかけたかもしれないと反省する。

「あまり重く受け止めないでね。ただ、この約束のためになにがなんでもあなたと生き残ろうって思いを心に刻みつけたかっただけだから」

「若菜……そうだな。これからは針を千本飲む覚悟で挑まないと明日はないだろう。それほど俺たちの進む先は過酷なものになる」

 彼の言葉を聞きながら、明日が来なければいいのにと思う。握った手が冷たくな感覚、鉄が錆びたような血の匂いや視界を曇らせる硝煙。絶望という言葉が常に付き纏う中、弱音も吐けずにがむしゃらに戦場を駆ける日々に戻ると思うと身体が震えた。

「俺も若菜との約束を糧に勝ち続けよう」

 シェイドは私の手をとり、その場で片膝をつく。そして甲にそっと口づけた。

 負ければ賊軍として殺される。でも、民思いの彼がそのように不名誉な死を迎えるところなんて絶対に見たくはないから私も戦おう。

 スッと胸に落ちてくる決意を彼に届けるように、手を握り返す。そんな私の気持ちに気づいてか、彼は繋いだ手を引いた。

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