異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「えっ――」

 驚きの声は彼の胸で塞がれる。ぶつかるようにしてシェイドの腕の中に収まった私は戸惑いながら顔を上げた。

 その瞬間、荒々しく唇を奪われた。吐息ごと攫うような口づけに目が回りそうになる。こうしてキスをしたのは二度目。一度目はペストに感染したかもしれない私を慰めるようにしたものだったけれど、今は違う気がした。

 長く押し付けられていた私のものより熱いそれが離れていくと、額を重ねて見つめ合う。自分の顔を確認することはできないが、きっと夕日以上に赤いだろう。

「嫌だったか?」

 掠れる声で尋ねられた私は息を詰まらせる。彼の唇に視線を落とせば濡れて輝いており、心臓が大きく跳ねた。

 私は言葉も発せないほど動揺していて、返事の代わりに嫌じゃなかったと首を横に振る。それを見たシェイドは顔を綻ばせた。

「それは、あなたも俺と同じ気持ちだと思ってもいいのだろうか」

 確信的な問いだった。それにそう返事をするべきか、したいのかを考えているとシェイドは「意地悪い質問だったな」と苦笑する。その表情が切なげで、私がそんな顔をさせていると思うと胸が締めつけられた。

 きっと彼は私の気持ちに気づいているのだ。それでも追求しないのは、私が彼に応えられないと言ったからだろう。彼なりに私を尊重してくれているのかもしれない。

 悟られないように振る舞うべきだったのに、彼は私が弱っているときに必ずそばにいて欲しい言葉をくれるから甘えてしまった。

 元いた世界に帰りたい、彼は相応しい女性と結ばれるべきだという気持ちとこの世界で彼と生きていきたいという思いが心に同居している。そういう私のどっちつかずな態度が彼を苦しめるとわかっていて頼ってしまった。

「あなたに帰る場所があるのはわかっている。それでも触れられずにはいられない」

 なにも言っていないのに心の中にあった迷いを言い当てられた。

「愛している」

 彼は切なさを紛らわすように私の唇を啄む。それを受け入れると自分の決意が揺らいだ。    

 けれど、明日もお互い無事でいられるかわからない世界に身を投じているのだ。今は彼に触れて欲しいという感情に素直になりたい。

 多くは望まないから、この先もずっとこの温もりが失われませんように。そう願いながら月が昇るまで熱を分かち合った。

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