異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「ごめんなさい、エヴィテオール兵のひとりに攫われてしまって……。でも、あなたはどうしてここにいるの?」

「野営地に若菜の姿がないから探し回っていたら、エヴィテオール兵の中にも行方不明者がいると聞いてな。攫われた線が濃いと踏んで周辺を捜索してたんだ」

 体を少し離したシェイドは袖の中に隠していたナイフを取り出し、私の背に回って手首の縄を切ってくれた。

 自由になった手首は縄で擦れたせいで血が滲んでおり、それに気づいたシェイドは眉根を寄せて私の手をとる。

「これは……くっ、すまない。もっと早く見つけてやれず、怪我をさせた」

 彼はぎこちない手つきで自分のマントの裾を切ると、私の手首に巻いた。その顔はどこか思い詰めているようで、私はシェイドの頬に手を添える。

「あなたがそんな顔をする必要ないのよ? こうして助けに来てくれただけで嬉しいわ」

「なんで、若菜は人のことばかりなんだ。俺を気遣うより、自分のことを大事にしてくれ」

 彼の頬に触れている私の手の甲に男らしい骨ばった手が重なる。外側から包み込まれ、私はもう一度この温もりを感じられてよかったとしみじみ思う。

「心配かけてごめんなさい」

 彼が自分を大事に思っているのは知っている。だから攫われたあとに彼がどれだけ不安だったかを考えると胸が痛んだ。

「言葉だけでは到底許せる気がしないな」

 シェイドはそう言いながらも怒っている様子はなく、優しく私の前髪を掻き上げると額に口づけてくる。

 不意を突かれて思考が停止していた私は数秒遅れて「え?」と声を発した。狼狽する私にシェイドは意地悪い笑みを唇に漂わせる。

「これで帳消しにする」

「もう、ふざけてる場合じゃないのよ」

 ムッとして唇を尖らせれば、破顔した彼から「すまない」と心のこもっていない謝罪が返ってくる。私は誘拐されて明日にはエヴィテオールに連れて行かれるという油断ならない状況下で脱力した。

「皆があなたのことを腹黒いと口を揃えて言う意味がわかったわ」

「若菜、これは好きな女性だからこそ翻弄したい男心だ」

 あっけらかんとしているシェイドに、それこそ敵の陣地内でやることではないだろうと喉まででかかる。しかし、今は彼に時と場合とはなにかについて説いている猶予はない。

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