異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「ふざけていないで、ここから出ないと」

 出口を探して小屋内を見渡す。ここは窓ひとつないので逃げるとしたら刺客が出入りしている扉しかない。でも、扉の外には見張りがいるだろうし、どのみち強行突破するしか道が残されていないのだ。

 私は戦えないのでシェイドに無理をさせることになる。彼の顔を見れば口端は切れて血が滲んでおり、先ほどから脇腹をおさえているところを見ると殴られた痛みだろう。彼がいつも通りで他愛のない話をふってくるから気づかなかった。

 いや、シェイドのことだから私に心配をかけまいと会話で怪我から気を逸らしてくれていたのかもしれない。

「どっちが他人のことばかりよ……。シェイドのほうがずっと自分のことを大切にしてないじゃない」

「若菜、どうし……」

 不自然に彼が言葉を切ったのは、たぶん私の頬に生ぬるい雫が伝っているからだ。

 彼の優しさを嬉しく思うし、強い人だと尊敬もする。けれど辛いときに弱音を吐いてもらえないのは寂しい。

 そこで気づいた。シェイドも私が「大丈夫」と言って空威張りをするたび、今の私と同じ気持ちだったのだと。

「これからはあなたにはちゃんと弱音を吐くことにする。だから、あなたも本心を隠さないで。傷、痛むんでしょう?」

「あ……ばれていたか」

 参ったなというふうに後頭部を掻く彼は観念したのか、私に小指を差し出してくる。突然どうしたのかと首を傾げれば、しびれを切らしたらしいシェイドが私の小指に自身の小指を絡めた。

「俺も約束する。若菜にはどんな俺も見せるし、本音で話す」

 ミグナフタ国を出立する前日に教えた指切りげんまんをしているのか、彼は繋いだ小指を上下に振った。

「そんなふうに泣かせたくないからな」

 小指は絡んだまま、輪郭や鼻筋まで優美なシェイドの顔が近づいてくる。心臓が跳ねるのと合わせて目を強く閉じると、涙の痕を辿るように彼の唇が触れた。

 ゆっくりと涙を拭っていった柔らかな感触が離れ、シェイドは切り替えるように私の手を掴んで立ち上がらせる。

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