異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「そろそろ帰ろうか、若菜」

「え、どうやって?」

「正面突破で」

 唖然とする私の手を引いたシェイドは長い脚を上げて扉を蹴破る。外に立っていた見張りは「ぐえっ」とカエルが踏みつぶされたようなうめき声をあげて、外れた扉の下敷きになった。

 それを不憫に思ったのもつかの間、目の前に広がる薄暗い森の木々の間から黒装束を着た隠密がぞろぞろと現れる。人数は五人だが、私を攫ったアージェの姿ははなかった。

 それにしたって一対五ではあきらかに不利だ。シェイドが強いのは知っているが、剣も隠密たちに奪われている。

 窮地に立たされ、歯の根が合わなくなる。私は恐怖を紛らわすように繋いでいた手を強く握り、彼に身を寄せた。

「大丈夫、もう傷ひとつつけさせはしない。だから、なにがあっても俺の背から出るなよ」

 視線は前へ向け、敵への警戒は解かずに彼は言う。

 でも私は“何があっても”という言葉に納得ができず、首を横に振る。握っていた手を放し、シェイドの腕に縋りついた。

「あなたになにかあったら――」

「わかってる。俺は別に死んでもいいなんて思っていない。ただ、あなたは俺のなにに代えても守りたい人だから。あなたが危険な目に遭うと無茶しなきゃいけなくなる」

 私の言葉を遮ってシェイドは返事を先回りする。

 つまり私が大人しく下がっていることが、彼のためにもなると言いたいのだ。

 厄病騒ぎのときも感染したかもしれない私を慰めるために迷わず触れた。彼の言葉には身に覚えがあったので渋々彼から手を離す。守られるしかない自分の役立たずさに項垂れていると、頭に大きな掌が乗る。顔を上げれば、柔らかに微笑むシェイドと目が合う。

「俺が死ぬと泣く人がいると思うと、俺はなにがなんでも生きなければと思う。俺の命を繋ぎ止めてくれているのは若菜、あなただ」

 無力ではないとシェイドは言ってくれているのだ。それに心が救われた私は彼を送り出すため、ぎこちなく笑う。

「行ってくる」

 一歩前に出た彼が私に背中を向けたままそう言った。

 それを人を食ったような視線で眺めていた隠密たちが短剣を構えて一斉に襲いかかってきた。

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