異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「シェイド!」

 思わず叫んでしまった私に短く「心配ない」と返し、隠密の短剣を持つほうの腕に容赦なく手刀を叩き込む。隠密は「ぐっ」と小さく悲鳴を上げて短剣を落とした。それを拾わせる隙も与えす回し蹴りを食らわせる。

「ぐあっ」

 吹き飛んだ隠密の短剣を拾い、シェイドは柄の感触を確かめるように何度か握る。

「これは使わせてもらうぞ」

 そう言って別の隠密が放った短剣を颯爽と弾き、強く地面を蹴ったシェイド。近くにいた隠密の腕を掴んで、もうひとりの隠密にぶつけた。

「眠っていろ」

 よろけたふたりの隠密のうなじに手刀を見舞って気絶させた彼は両手を叩いてひと息つく。あっという間に全員の隠密を一蹴したシェイドの戦いぶりは鮮やかだった。

 心配は不要だったかもしれないと肩の力を抜いたとき、首に誰かの腕が回って後ろに引き寄せられる。

「いやっ」

「油断しちゃダメだよ」

 拘束された私の耳元で囁くのはどこかで聞いたことのある声。背中に嫌な汗が伝い、私は恐る恐る振り向く。
 先に視界に飛び込んできたのはハネが強い癖のある橙の髪。細められたカーネリアンの瞳は私を攫った張本人のものと一致する。

「ア、アージェ……」

「若菜さん、逃げるなんて聞いてないよ」

 にっこりと薄っぺらく笑う彼に、言うわけがないだろうと心の中で突っ込む。能天気に振る舞っているが、アージェの目は一度も笑ってはいない。例えるなら虚無を覗き込んでいるような恐ろしさがある。

「お前は捕虜の中にいたな」

 シェイドは取り乱さずにアージェに向かい合うが、実際は私に何度も視線を送っており、気が気でないことがわかった。

 アージェにもそれが伝わっていたらしくフッと鼻で笑い、シェイドを挑発するように私の首元に短剣をあてる。

「やっ……」

 この刃が私の首を切り裂いたらと考えるだけで、震える唇から悲鳴がもれてしまう。それを聞いたシェイドの顔色も悪くなっていく。

 いけない、私が怖がるほどシェイドは窮地に追いやられる。彼から戦う意思を失わせないためにも気丈に叫んだ。

「シェイド、私もあなたを死なせないために生きるから、迷わず戦って!」

「若菜……っ、承知した」

 目の色が変えたシェイドは闘志を再燃させて、短剣を手にこちらに駆け寄ってくる。

「これは想定外だな。若菜さんがいれば戦意喪失して殺すのも容易いと思ってたんだけど、あんた捨て駒? 大事にされてないんだね」

 迫ってくるシェイドに慌てもせずに私に話しかけてくるアージェ。私は勘違いしている彼の言葉を修正する。

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