異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「なんとか、ひと息つけそうね」
マルクに聞いた話なのだが、野戦は決着がつかなくても照明設備がないために日の出から日没までで終わるらしい。
夜になると戦勝軍はこの近くの陣地に戻って、体を休めているのだとか。
ニドルフ様は戦勝軍という余裕から、奇襲すらかけてこない。袋のネズミを叩くようにじわじわと、家族であるはずの弟を追いつめている。
「まったく、五日間も戦場にいるなんて髪も頬も服も砂っぽくて敵わないわ」
私が治療師の皆と負傷兵の病状の共有をしていると、ワインレットのウェーブがかった長髪の男性が幕舎の中に入ってくる。
彼はアスナさんと同じ白の軍服を着ており、マントの色だけが瞳と同じ赤色だった。その服装からするに騎士なのだろう。負傷兵や治療師の皆も、口をつぐんで頭を下げている。
「やぁ、ローズ。お互い三十路になると戦場が辛くなるね~」
アスナさんは横たわって足を挙上した体勢のまま、赤髪の男性――ローズさんに向かってひらひらと手を振っている。
「アスナ、休んでる場合じゃないわよ。私は三十三、あんたより三つも年上だっていうのに、ひとりで三部隊をまとめるのは骨が折れるったらないわ」
先ほどから気になっているのだが、ローズさんはなぜ女性の口調なのだろう。大きな目に筋の通った鼻、薄い唇の下にあるホクロ。品のある綺麗な顔をしているとは思うけれど女性にしては背が高いし、声も低い。
デリケートな話題なだけに、切り出す言葉が思いつかない。黙って騎士のおふたりを眺めていると、ローズさんが「ん?」と訝しげに私へ視線を向ける。
「新顔ね」
「あぁ、若菜ちゃん。こいつは自称ローズ、見ての通りお菓子や料理作りが大好きなオカマさんなんだ」
名前が自称って変わってるな。まさか、本名が気に入らなかったとか?
聞いてもいないのに疑問に答えをくれたアスナさんに曖昧な笑みを返すと、目の前が陰る。顔を上げると、ローズさんが腰に手を当ててズイッと顔を近づけてきた。
「なんなのよ、この女」
「ご、ご挨拶が遅れました。水瀬若菜といいます」
頭を下げると、ローズさんは「ふうん」と言って品定めするようにじろじろと見てくる。居心地の悪さを感じてアスナさんを見ると、彼はため息をついていた。