異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「ローズ、小姑みたいな真似はよせって」

「この子、顔は合格ラインなのに内面の地味さが滲み出てるわ。隣国についたら、あたしが着飾ってあげる」

「お前の買い物は長いだろ、彼女を突き合わせるのは不憫だよ」

 ここが戦場だということを忘れそうなくらい、穏やかな時間が流れている。ふたりのくだらないやりとりを見て、負傷兵たちの顔にも笑みが浮かんでいた。
 

 夜更けになると、私はマルクと交代をして幕舎の中に入る。治療師も順番に休みを取り、交代で負傷兵の急変に備えることにしたのだ。

 今日まで治療師の皆はまともな休みをとることができていなかったらしい。それは毎日のようにおびただしい数の負傷兵が運ばれてくるのに、元いた兵の回復が遅いためだ。

適切な処置がされていないから患者の病状が悪化し、重症度ばかりが上がる。悪循環を断ち切れなかったのが、最大の原因である。

 完治とまではいかなくても回復に向かうものがひとりでも多くなれば、兵や治療師の負担は減る。復帰できる兵や騎士が増えれば、おのずと戦況も好転するはずだ。

 そのサイクルがここにいる人間には見えていない。その場その場が必死すぎて、先が見えていなかったのだろう。

 私は幕舎の入り口を開けて風を送り込み、負傷兵を見て回る。「ううっ」とうめいている兵がいたので、私はそばに駆け寄って額の汗を拭った。

 彼のように蜂窩織炎という膝の傷から菌が入ることで起こる、発熱を伴う感染症に苦しんでいる人が幕舎内には数人いる。これは人から人へうつることはないが、合併症を起こせばショック状態に至ることもあるので気が抜けない病気だ。

「額の布、変えますからね」

 心もとない薄い端切れのような布を桶の中で濡らして、彼の額に乗せる。

 蜂窩織炎には抗生物質が必要だが、ここには薬なんてない。できることといえば、菌に対抗できるように十分な食事と睡眠を摂らせることなのだが、聞いたところによると食糧は底を尽きかけている。免疫力が落ちれば感染症にかかりやすくなるので、食糧不足は深刻な問題だった。

 食事がダメならと、私は清潔が保たれるように幕舎内の掃除や換気をして環境の整備を行い、人の自然治癒力を高めるように努める。

「でも、これでいつまで持ち堪えられるか……」

 この極限な状況では、後ろ向きにもなってしまう。苦しんでいる兵たちの汗を拭いながら今後を憂いていたとき、幕舎の奥で誰かが体を起こした。手持ちのランプでは目を凝らして見ても誰なのかがわからない。

< 17 / 176 >

この作品をシェア

pagetop