異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「ああいう場所は居心地が悪くて」

「嫌なことでもあったわけ?」

「うーん、勝手に自分で悩んでるだけ」

「あ、そ」

 彼の無関心さは居心地がいい。追及されないし詮索もされないから、嫌なことを思い出さずに済んだ。

 穏やかな沈黙が続いていたとき、彼が突拍子もない提案をしてくる。

「じゃあさ、俺とダンスする? せっかく着飾ってるのにっもったいないっしょ」

「あなたね、踊れるの?」

「そこはノリで乗り切る」

 つまりは踊れないわけね、と呆れる。でもなぜか、後から笑いが込み上げてきてブッと吹き出してしまった。

 結局ダンスはしなかったものの、彼との談笑を楽しんでいるところへ扉がノックされる。

「はい、今開けますね」

 来客を迎えようと立ち上がると、アージェが私の手首を掴んだ。振り返れば、彼は険しい表情をしている。

「なんか、嫌な感じがするんだけど」

 警戒するように扉を睨みつけているアージェに心臓が早鐘を打ち始める。足元から這い上がってくる恐怖に立ち尽くしていたら、アージェが立ち上がって私の前に出た。その瞬間、扉が蹴破られる。

「きゃあっ」

 両手で頭を抱えるようにしてしゃがみ込んだ私の視界に、部屋の入口で倒れる兵の姿が見える。

 助けないとと頭が混乱したまま這って前に出ようとした私の頭上から、「動くな!」というアージェの怒鳴り声が降ってくる。

「あんたら、執念深いね。俺を迎えに来たってわけじゃなさそうだし、目的は若菜さんか」

 アージェの目線の先にいるのは黒装束の集団、隠密だ。まさかアージェも関与しているのかと思ったが、すぐにその考えを否定する。短い間だけれど一緒にいた彼は私に危害を加えたりはしなかった。演技かもしれないが、彼の見せる笑顔も人懐っこさもすべてを疑いたくはない。

「アージェ、挑発したら危険だわ」

「え、若菜さん俺の心配してるの? 普通、俺のこと仲間じゃないかって怪しまない?」

「正直言えば、怪しいとは思う。でも、あなたのことを信じたいの」

「うわー、お人好しだね」 

 呆れてはいるのだろうが、アージェの声音は優しい。馬鹿にされなかったことを意外に思いながら、私は構えをとった彼を見上げた。

 まずい、アージェは武器を取り上げられている。しかも右肩はまだ思うように動かないはずだ。彼を戦わせてはいけないと、頭の中で警報が鳴る。

「あなた方の要求を聞きます」

 私は立ち上がって彼の前に立った。隠密たちはなにか企んでいるのではないかと、顔を見合わせている。

< 163 / 176 >

この作品をシェア

pagetop