異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「ちょっと、あんたは後ろに――」

「アージェ、ここはどう考えたって私たちじゃ乗り切れない。今は従うふりをして、命が助かる方法をとらないと」

 背中からかかるアージェの声を遮って、小声で説得する。

「あなたの足ならここから逃げられる」

「若菜さん、それ以上言ったら俺でも怒るよ」

「隙を見て部屋を出たら、シェイドに状況を報告して」

 苛立ちが彼の言葉の端々から伝わってきたきたが、構わず伝えた。今はこれが最善だと思ったからだ。

「俺、自己犠牲とか好きじゃないんだけど」

「違うわ、生きるためにこうするの。だから信じて」

 振り返らずとも背後にいるアージェが納得いかない顔をしているのは、ありありと伝わってくる。きちんと説明したいのは山々なのだが、隠密は待ってはくれない。

「水瀬若菜、俺たちと来い」

 どこかに連れていこうとしているのなら、今は殺す気がないということだ。私は一瞬だけアージェに目配せをして“チャンスを逃さないで”とメッセージを送り隠密に従うように歩き出す。そして隠密の手が私に延ばされた瞬間、思いっきり体当たりした。

「アージェ、行って!」

 私が叫ぶと迷った素振りを見せた彼は意を決したように地面を蹴る。隠密に襲いかかられても軽やかな身のこなしで入口まで辿り着き、部屋を飛び出した。

 うまくいってよかった……。

 それを見届けてホッと息をつくと首裏に衝撃が走り、私は意識を失った。


 気がついたときには円形のステンドグラスが月光を浴びて淡い色彩を放つ薄暗い空間の中にいた。眼前に広がるのは二列でいくつも並ぶ木製の長椅子、背後にあるのは人間の高さを悠々と超える十字架。たぶん、ここは教会だ。

 私は長椅子がある場所より一段高い祭壇で椅子に座らされている。しかも鎖で縛りつけられてられているせいで身動きが取れない。

「目が覚めたようだね」

 教会内に男性の声が響き、私は視線を巡らせる。するとステンドグラスの明かりが行き届かない教会の角からブラウンの髪の男性が現れる。

「あなたは、ニドルフ王子……」

 彼が王宮から逃走して三ヶ月間、足取りは掴めずに捜索は難航しているのだとシェイドから聞いていた。こうもあっさり私の前に現れるなんて、王宮に近い場所でこちらの動向を探っていたのかもしれない。

 逃げ道を塞がれた状態で尋ねるのは勇気がいるが、黙って捕まっていても彼の意図は理解できない。恐怖心に蓋をして自身を奮い立たせた私はニドルフ王子に声をかける。

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