異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「どうかしましたか?」

 私は手燭台を手に立ち上がると、他の負傷兵を起こさないように小声で話しかける。静かに人影に近づくと、そこにいたのはシェイド様だった。

「すまない、夢見が悪くてな」

 額に手を当てて苦笑を浮かべている彼は、改めて見ると精悍で整った面立ちをしている。春の木漏れ日を想像させる爽やかさがあり、不思議な安心感があった。

「心と体は切り離せませんから、病にかかれば悪夢を見ることもあるのでしょう」

 手燭台を地面において、上半身を起こしている彼の傍らに座る。蝋燭の明かりが私たちの影を幕舎の壁にゆらゆらと映し出していた。

「俺が助かったのは、あなたのおかげだろう。改めて心より感謝する」

 頭を下げたシェイド様に、私は目を丸くしてしまう。

 生を受けてから三十年間、王子はおろか自国の天皇にすら会ったことがないのでわからないけれど、身分の高い方が自分のような庶民に頭を下げたりして抵抗はないのだろうか。

 私が思考の海に沈んでいる間にも、彼は気にした様子もなく友人と話すかのようなフランクさで続ける。

「名乗るのが遅くなってすまない。俺はシェイドだ。エヴィテオール国の第二王子で、聞いているとは思うが王位争いに負けてしまった。今では敗戦軍の頭ということになるな」

 傍から聞けば絶望的な話題だが、彼の顔からは絶望を感じない。強い意志を琥珀の瞳に宿して、私には見えない未来を見つめているようだった。

「それで、命の恩人の名前を聞いてもいいだろうか」

「それは私のことでしょうか?」

「あなた以外に誰がいるんだ」

 小首をかしげるシェイド様は、マルクまではいかないが表情に幼さを残している。私よりは確実に年下で、おそらく二十代半ばくらいだろう。

 私は姿勢を正して膝の上で両手を重ねると、彼のために必死に尽力した者たちのことを語り聞かせることにする。

「あなたをここまで運んだ兵、止血用の布を集めてくれた治療師、私と一緒に止血を手伝ってくれたアスナさん。あなたの命を救うために、多くの人が動いてくれたのですよ」

 私だけではシェイド様を助けることは叶わなかっただろう。だから知っていてほしかった。その命がどれだけの人の手で生かされたものなのかを。

 まっすぐにシェイド様を見つめていると、その長い指先が私の頬に伸びてきて目の下の辺りに優しく触れた。

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