異世界で、なんちゃって王宮ナースになりました。
「俺は先に戻ります。シェイド王子は若菜さんとゆっくり帰ってきてください」

 気を利かせてくれたのか、ダガロフさんはそう言葉を残して退散する。教会内には私とシェイドだけになり、静寂が訪れた。

 シェイドはサーベルを手に立つと、私の背後に回って鎖を断ち切ってくれる。ようやく解放された私はドレスの裾を踏まないように椅子から腰を上げた。

「助けに来てくれてありがとう」

 目の前にやってきたシェイドにそう声をかけたのだが、反応がない。色々あってうやむやになっていたが、教会に飛び込んで彼は今まで史上と言っていいほど怒っていた。私は顔を引き攣らせながら、彼の顔をのぞき込む。

「お、怒ってる……?」

 わかりきったことを尋ねれば、鋭い眼差しが向けられた。

 どうしたものかと頭を悩ませているうちに、シェイドの文句が炸裂する。

「自分を囮にしてアージェを逃がすなど、女がすることではないだろう。物怖じしないお前の性格は確かに好ましいが、心配する俺の身にもなってくれ」

 どんなに怒っていても笑顔だった彼が、私のことを想って繕うことを忘れているという事実が嬉しい。彼には申し訳ないが、頬が緩まずにはいられなかった。

 私が笑っているのに気づいたシェイドの顔が、みるみる険しくなる。

「笑い事ではないぞ」

「ごめんなさい。でも、そんなに心配してもらえて胸がいっぱいになっちゃったのよ」

「……若菜は自分を過小評価するきらいがある」

 どういう意味かと彼の目を問うように見つめた。するとシェイドは呆れを含んだため息をつき、私の腰を引き寄せる。

「俺にどれだけ想われているのか、もっと自覚を持ってくれ。でないと、そのたびにお前は俺の前から逃げるだろう」

「逃げるって……」

「ローズから叱られたんだ。俺がアシュリー姫と結婚するかもしれないという噂を否定しないから、広間から出て行ったんだってな」

 目撃されていただけでなく、私の心の中まで読まれているなんてローズさんが恐ろしい。なにより本人に知られてしまったことが居たたまれない。重い女だって思われたら嫌だな、と気落ちしていたら唐突に顎を掴まれた。

「アシュリー姫との縁談の話は確かにあったが、それはきっぱり断った。俺には心に決めた人がいるからと」

「それって――」

 全部を言葉にする前にシェイドに無理やり上向かせられ、間髪入れずに噛みつくようなキスをされる。

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